2014年9月9日火曜日

ニューイングランド旅行 その5
-Haskell Free Library & Opera House-

 今回の旅行で、日本人があまり観光に行かないバーモント州を目的地の一つに入れた理由が、この図書館をぜひ訪れてみたかったからです。

 図書館とオペラハウスが同じ建物にあるのが珍しいからではなく、建物が歴史的建造物に指定されていているからでなく、Haskell図書館が特殊なのは、アメリカとカナダの国境上に建てられているからです。

(↑エントランスホール付近の国境線、水色の矢印の先。カーペットの部分は水色の点線を加えた。)

 1階が図書館、2階と3階がオペラハウスになっているこの建物は、Martha Haskellと息子のCol. Horace Haskellが地域の交流と文化活動の発展のために建てたもので、1904年に開館。

(↑左:図書館の入り口
右:オペラハウスの入り口)

 

 図書館の入り口とオペラハウスの入り口と駐車場はアメリカ側にあるのですが、書架やステージはカナダ側にあり、アメリカで唯一の「本が一冊もない図書館」で「ステージのないオペラハウス」だそうです。

(←図書室)

 1階の部分は事務室と受付、図書館があって、
 図書館は一般の書架のある部屋と、子どもの本をそろえた子供のコーナーと読書の部屋の3つの部屋があります。
(国境線は読書室の中を通っています。)

 所蔵している本は、大人の本も子供の本も、フランス語と英語の両方を揃えているそうです。

 開館日は火曜日~土曜日で、日曜日と月曜日は閉館しているそうです。

(↑読書室を通る国境線。
向かって左がアメリカ側、
向かって右がカナダ側)

 開館の時間は、ウェブサイトで確認してくださいとのことでした。

 オペラハウスは一般には公開されていません。
 5月半ばから10月の半ばまでの期間、図書館の開館している時間帯にツアーがあって、一人5ドル(2014年8月現在)で、オペラハウスも含めた建物全体のガイドをしてもらえます。

(↑オペラハウス2階部分)

(↑チケットブースと開館当時に上演されたオペラのポスター)

 公演の入っている日はツアーはできないので、ツアーの時間の詳細は、ウェブサイトに書いてある連絡先に電話で確認してくださいとのことでした。

 私たちはウェブサイトを調べていなかったため、ツアーのことを知らなくて、当日その場についてから、英語とフランス語のツアーが交互にスケジュールされていることをしりました。

(←2階部分の観客席の間を通る国境線)

 私たちが受付に着いた時には、その日の英語の最後のツアーが出てしまったばかりで、最後のツアーはフランス語しかないと言われましたが、私たちの他には誰もツアー客がいなかったので、特別に英語で案内してもらえて助かりました。
(はるばる来たのに、オペラハウスを見学することなく帰るのは、悲しかったので、ツアーに参加できて良かったです。)

(↑3階部分のバルコニー席から見たステージ)

 オペラハウスは約400人(正確な数字はガイドさんが話してくれたのだけれど、書き留めなかったので忘れてしまった)の観客が収容できるそうで、現在は音楽の演奏会やミュージカルの上演が主で、スケジュールは不定期で、チケットの値段も20ドル前後のものが多いそうです。
 スケジュールはウェブサイトに掲載されていて、チケットはインターネットで予約できるとのことでした。

(↑楽屋の通路の壁)

 オペラハウスの楽屋の通路の壁には、今までオペラハウスで上演や演奏したパフォーマーが書いたサインや絵や(落書き?)が残されていて、古いものは文字が薄れて見えにくくなっているものもあるそうです。

 

 

 

 


注意!:

 アメリカとカナダの国境の上に立っている建物は、Haskell図書館の他にもいくつかあるのですが、どれも個人の持ち物で、一般に公開されていません。

(←アメリカとカナダの国境を示すため、植木鉢で道路が封鎖されている)

 現在は国境をまたぐような建物の建設は禁止になっていて、Haskell図書館のような建物は極めて珍しいです。

 建物の中は自由に歩き回ることができますが、建物の外の国境の行き来の規制は厳しく取り締まられています。

 図書館を利用するにも、アメリカ側の訪問者はアメリカ側に駐車しなければならず、カナダ側の訪問者はカナダ側に駐車して徒歩で入口(アメリカ側にある)に行かなければならないそうです。

(←上:アメリカ側の警告の看板と国境警備の車
下:カナダ側の警告の看板)

 以前は国境に関係なく行き来できたようなのですが、図書館を訪問を装って密入国する人がいたため、現在は国境警備の車が24時間常駐しています。

 アメリカ側からカナダに密入国する人はほとんどいないためか、カナダ側には警告の看板があるだけで、警備はいっさいなし。

 警告の看板に書かれている内容も、
アメリカ側は、
「ここ(This street)からはアメリカに入国できません。
破った場合は5000ドルの罰金か告訴」

と、書かれているのに対して、

カナダ側は、
「重要なお知らせ、アクセス禁止です。
戻って(Stanstedの)国境に出頭して(国境から入国して)ください。」

と、書かれているのみでした。

余談:

アメリカとカナダの国境に建っているので、どちらに税金を払っているの?
と、質問したら。
建物は現在公共の所有で、どちらの国にも税金は払っていないそうです。

 

 

2014年9月7日日曜日

ニューイングランド旅行 その4
-ベン&ジェリーアイスクリーム工場-


 旅行の3日目の夕方に、ボストンを後にして次の目的地バーモント州に向かいました。
 バーモント州はボストンからは北西に位置する州で、リンゴとメープルシロップが特産品の自然の豊かな州。

 ボストンからニューパンプシャーを抜けて、宿泊先のバーモント州とニューパンプシャー州の境のモーテルに到着した時は、午後9時を回っていました(しかも、どしゃ降り)。
 食事に行こうと、フロントに聞いたら近くのレストランはこの時間だと、どこも閉まっているらしく、遠くのレストランを紹介された。
 雨も降っているし、あまり遠くにも行けないので、近くのガソリンスタンドの敷地内にあるサブウェイ(サンドイッチのファストフード店)に、行ったらあと5分で閉店と言うことだったので、慌てて注文してテイクアウトにした。
(ボストンのような国際的な観光地ではないことは知っていたけれど、わたしたちの予想以上に田舎だったらしい。)

 翌日朝起きてみると、昨夜に引き続き雨だった。
どこかで傘を買おうかと思ったけれど、4日目に回る予定の場所はどこも屋内の施設だったので、傘がなくても問題ないだろうということで、買わずにすますことにした。

 バーモント州はベン&ジェリーアイスクリームの発祥の地。
 州都のモントピリアに近いウォーターベリーに工場があって見学ができるので、4日目の目的地の一つに決めていた。

(←日本語の製品案内
クリックで拡大)

 私たちがベン&ジェリーの工場に着いた時は、雨も小降りになって降ったり止んだりを繰り返していた。
 お天気が雨で屋外の観光に向かない日だったためか、工場にはたくさんの観光客が訪れていた(特に子供連れの家族が多かった。)

(←ベン&ジェリーの年表
クリックで拡大)

 見学のツアーは料金が大人4ドル(2014年8月現在)、長さは約30分で、最初に会社の歴史のフィルムを見た後、工場を見下ろす位置からガラス越しに見学、その間ガイドがアイスクリーム作りの様子の説明をしてくれる。

(←ツアーの入り口の扉)

 見学の最後にはアイスクリームの味見ができて、私たちのツアーの時は「ストロベリーチーズケーキ」と言うフレーバーだった。

 ウォーターベリーの工場は、観光ツアーのために施設が整えられていて、建物にはベン&ジェリーアイスクリームの歴史やアイスクリームにまつわる道具を展示したパネルやビデオなどがあって、ツアー以外にも楽しめるようになっていた。

(←工場の外にあるタンク
タンクの内容物の名前がかいてある。)

 工場の建物には、ギフトショップとアイスクリームショップも併設されていて、買い物やアイスクリームを買うことができた。
(我が家はギフトショップでアイスクリームを入れるボウルを購入。
アイスクリームショップではアイスクリームコーンを買って食べた。
スモールを注文したけれど、日本のダブルくらいの量だった。)

(↑フレーバーの墓地)

 工場の裏には、駐車場と子どもたちの遊べるプレーグラウンドがあったが、雨降ったり止んだりしていたため遊んでいる子は少なかった。
 その他にはフレーバーの墓地と言う場所があって、かつてあったフレーバーでディスコン(生産停止)になってしまったフレーバーの説明の書かれた墓標があった。

(←フレーバーの説明の書かれた墓標
クリックで拡大)

 ベン&ジェリーはフレーバーに面白い名前を付けることで有名だけれど、廃版になってしまったフレーバーの中で面白い名前のフレーバーがあったので、紹介します。

(←Fossil Fuelフレーバーの墓標)

 その名もFossil Fuel(化石燃料)!

>(◇´* ))))..ギャオォー!!..(((( *`◇)<

なんか、恐竜っぽいお名前

 この化石燃料フレーバーは2005年から2010年まで販売されていたそうですが、現在はディスコンに…
どんな味だったのか興味があります。

 ベン&ジェリーアイスクリームの工場見学のツアーのパンフレットの画像は↓に貼っておくので、興味のある方はどうぞ…

 

 

 

 

 

おまけ:

 

(←↓ベン&ジェリーアイスクリーム工場見学ツアーのパンフレットの画像。
クリックで拡大)

 

 

2014年9月6日土曜日

新学年2014


 旅行の記事の途中だけれど、割り込み記事です。

(←スケジュール帳と微積のクラスで使うからと購入した、グラフ計算機)

 今年は9月2日から怪獣の学校の新学年が始まりました。
(毎年、レイバーデーの翌日が新学期なので、今年は最も早い夏休み明けになりました。)

 最終学年ということもあって、単位をほとんど取ってしまっている子は午前中だけの登校というケースもあるようですが、怪獣はまだ必修科目のPE(体育)の履修が済んでいないなど、卒業単位を満たすために、1日フルで時間割が組まれているみたいです。

 今学期取るのは、コンピュータ・プログラミング、英語、IEP、体育、数学(微積)と2Dアートのクラスでした。
 クラスの1日目にシラバスと誓約書を持って帰って来て、親も目を通してサインするのですが、2Dアートのクラスの内容に見覚えが…
 そのクラスで描いた絵も部屋に飾ってあるし、写真に撮ってブログで使った覚えもある。
画像を保存してあるファイルを調べたら、怪獣がフレッシュマンの時に取っていたことがわかった。

 怪獣に、学校のカウンセラーのオフィスに行って相談してくるようにいった。

 翌日、カウンセラーに聞いたら、2回取っても単位として換算されると言われたらしい。
(-_-)ウーム、ホンマカイナ?
アメリカ人っていい加減だからなぁ…
どこかで再確認しなくっちゃ…

 

2014年9月4日木曜日

ニューイングランド旅行 その3
-フリーダム・トレイル(ボストン)-

 ニューイングランド旅行3日目は、ボストンのフリーダムトレイル巡りをしました。

(↑ボストンの地図
赤い点線がフリーダムトレイル。紫の実線が利用したバスのルート)


(←ボストン・コモンの中心部)

 フリーダムトレイルはボストン・コモン(公園)を始点に、チャールズタウンのバンカーヒル記念館まで続く約4㎞の赤い線の引かれた道で、フリーダムトレイル(赤い線)に沿って歩くとボストンの史跡めぐりができる。

(←フリーダムトレイルの視点にあるインフォメーションセンター)

 始点のインフォメーションセンターで、地図を手に入れて出発。
(詳しい説明の入った英語の地図は3ドルで販売されていたけれど、日本語の地図はなかったので、多言語版のボストン観光の無料パンフレットを貰った。
詳しい説明はのっていなかったけれど、トレイルを歩くには十分だった。)

(↑州議事堂。1795年から建設開始)

(↑パークストリート教会。
1809年建築。ウィリアム・ロイド・ギャリソンが奴隷制度反対の最初の演説をしたことで有名らしい。)

(↑キングス・チャペル
1688年建立のボストン最初の英国国教会。
独立戦争後はアメリカ最初のユニテリアン派教会になった。)

(←ベンジャミン・フランクリンの銅像
ボストン・パブリック・ラテンスクールの庭にある。
アメリカ建国当時のベンジャミン・フランクリンの貢献をたたえるためにたてられた。)

(↑ボストン・パブリック・ラテンスクール)

(↑オールドコーナー書店

1712年に建設。
19世紀半ばにはロングフェローなどの文豪のサロンになっていた。
現在はメキシカンレストランになっているようです。)

(↑オールド・サウス集会所
1729年に組合派教会として建立。植民地時代には集会所として使われた。)

(↑旧州会議事堂。1713年建設。
植民地時代の政庁所在地で、上の写真に写っている側とは反対側にあるバルコニーで独立宣言が読み上げられたとされる。)

(↑クインジー・マーケット。
隣にあるファニュエル・ホールがショッピングセンターとして手狭になったため、1824年から建設開始。)

(←ボストン名物のクラムチャウダーがパンで作ったボウルに入っているもの。)

 クインジー・マーケットの中(1階)はフードコートになっていて、色んな種類のお店が出ていた。

 私は昼ご飯にパンのボウルにクラムチャウダーの入ったものを食べた。
(夫はロブスターサンドを注文して、念願のロブスターがやっと食べられた。シーフードがダメな怪獣はチキンポットパイを食べた。)

(↑ファニュエル・ホール。
1742年にピーター・ファニュエルが市に寄贈した。
現在は1階がマーケット2階が集会所、3階がミュージアムになっている。)

(←ポール・リビアの家の外壁の一部)

 ポール・リビアの家は1680年ころに建てられたボストン最古の建物。
 3ドル(2014年現在)払って入場できたのだけれど、人がいっぱい並んでたので、外壁の写真だけ撮った。

(↑オールド・ノース教会。
1723年建設の教会。
アメリカ独立戦争の発端となったレキシントン・コンコードの戦いの直前、塔のランタンでシグナルを送ってイギリス軍がコンコードに向かったことを知らせたとされている。)

(←コップス・ヒル墓地
1660年代に作られた共同墓地。)

(↑木造の帆走フリーゲート艦、コンスティテューション号
1797年に進水。)

 USSコンスティテューションは、チャールズタウンの海軍軍港に停泊していて、海軍の儀式や訓練などに使われている。

(←甲板上の大砲)

 1812年からの英米戦争の時に活躍した船。毎年7月4日の独立記念日には点検も兼ねて祝砲が撃たれる。

 コンスティテューションの船内は一般に公開されていて、デッキと船内でそれぞれツアー(英語の説明)が行われている。

(↑バンカー・ヒル記念館
独立戦争の初期の主要な戦いを記念して建てられたオベリスク。)

 

 

 

 

ボストン観光雑感:

(←ボストンのウォーターフロント地区のビル街)

 今回は1日でボストンを見て回る予定だったけれど、1日ではフリーダムトレイルを歩くのがやっとで、他の観光地を回ることができなかった。

(←Leonard P. Zakim Bunker Hill Bridge)

 ボストンはフリーダムトレイル以外にも、ケンブリッジ地区のハーバード大学周辺や、ダウンタウンのハードロック・カフェ、水族館やミュージアム、ボストン・レッドソックスのホームスタジアムなど、など見どころが沢山。

 水陸両用車で回るツアーやトローリーバスのツアーの会社も沢山あって、コースもお値段も色々。

 もし機会があったら、次回は2泊3日くらいの予定で回りたいと思った。

(←ボストン・ティーパーティーミュージアムと展示されている船。
船からお茶の包みを投げ込む体験ができる。)

 

 

 

 

2014年9月2日火曜日

ニューイングランド旅行 その2
-ケープコッド2-


 1日目に引き続き、2日目も灯台巡り…ということで、アウターケープのエリアにある灯台を見に行くことにしました。

(←Nauset Light)

 アウターケープ一帯は国立海岸で、ビーチ近くの駐車場に停めるためのパスの代金が1日15ドルかかります。
(パスがあれば、1日国立海岸のどの駐車場に出入りして停めてもOKで、数カ所のビーチを楽しむことも可能なので、お得かも…)

(↑アウターケープ付近の地図
薄緑の部分が国立海岸のエリア。
オレンジの星の場所が今回見て回った灯台)

(←Race Pointビーチ
海鳥の大群)

 最初にNauset Lightを見に行ったのですが、朝ゆっくり出たために渋滞に巻き込まれてしまい、おまけに、せっかちな夫は裏道を探そうと道から外れて、道に迷って午前中を無駄にしてしまいました。

 2番目にケープコッドの北端にあるRace Point Lighthouseを見に行ったのですが、これがまた物凄く大変でした。
 灯台に行きつくには、Race Pointビーチの駐車場に車を停めて、海岸沿いを片道2マイル(往復だと6.4㎞)歩かなければならなかったからです。

(↑Race Pointビーチで見かけたアザラシの群れ
結構岸辺に近いところにいた)

 Race Pointの駐車場近くのビーチには海水浴を楽しむ人が結構いましたが、私たちが水際や浅瀬を歩いた時に水が思ったより冷たく、1分も水に足を浸していると寒くなってきました。
アメリカ人はよくこんな冷たい水で海水浴ができるなぁ…と感心しました。

 6.4㎞のビーチ・ウォーキングは疲れたけれど、ビーチでは海鳥やアザラシの群れを見ることができたので、楽しめました。

(←Race Point Lighthouse)

 しかし、普通の道と違って砂だらけの海岸は歩きにくく、灯台を見に行って帰って来るだけで4時間かかってしまい、午後の時間が潰れてしまいました。

(←Woods End LightとLong Piont Lightのある半島に続く防波堤)

 Race Point Lighthouseの後は、Woods End LightとLong Piont Lightを見に行ったのですが、こちらも海岸近くに広がる塩湿地の中を通っている防波堤を歩いて、灯台のある半島まで行かなくてはいけませんでした。

(←Provincetownの海岸近くに広がる塩湿地)

 Provincetownの町の端にあるロータリーに車を停めて、防波堤に入るのですが、防波堤の長さは1マイル(1.6㎞)くらいありました。

 半島に着いて、右に1/2マイル(800m)歩くとWoods End Light、左に1.5マイル(2.4㎞)歩くとLong Piont Lightです。

(←Woods End Light)

 6.4㎞のビーチ・ウォーキングと1.6㎞の防波堤を歩いて疲れ切っていた私たちは、防波堤から近いWoods End Lightだけを見に行って、Long Piont Lightは防波堤の所から写真を撮るだけにしました。

(←オレンジの矢印の先:Long Piont Light
クリックで拡大します。)

 防波堤の所から写真を撮ったLong Piont Light豆粒のように小さくしか写らなくて残念でした。

 2つの灯台の近くのProvincetownの町では、お祭りっぽいイベントをやっていて、夫は「お祭りに行きたい~」とごねていましたが、町の周辺の駐車場はどこも一杯、他にも回る予定の灯台が2カ所も残っていたので、諦めてもらうことに…

(←Highland Light)

 最後に回ったのはHighland Light。
その後、もう1カ所も行く予定だったけれど、日没になってしまい、家族全員疲労困憊していたので、そのままモーテルに帰ることになり予定がこなせなくて残念でした。

 予定のこなせなかった原因は、回る順番。
南の灯台(車でアクセス可)から北の灯台へ順番に回って行けば(Provincetownのお祭りにも参加できただろうし)良かったのですが、渋滞を気にしすぎて北の灯台(どの灯台も徒歩で2時間以上かけないと往復できない)を先に回って、体力と時間を使い果たしてしまった。

今回の教訓:観光地の多少の渋滞は不可避。
短気を起こさずに忍耐強く待つ覚悟も必要。

 

 

 

おまけ:

 アウターケープの灯台巡りから、やっとモーテルに戻ったのは午後8時過ぎ。
 食事に出ようと思ったけれど、お祭りに参加できなかった夫は不機嫌で、部屋に閉じこもってテレビを見ていたので、怪獣とモーテルの室内プールとジャグジーで暫く時間を潰した。

 9時30分頃になって、やっと食事に出ることになったのだけれど、インフォメーションセンターで勧められたお店は全部10時閉店だったので、間に合わない。

(←レストランの前にあった砂の彫刻)

 モーテルの近くに、12時まで営業しているイタリアンレストランがあったので、出かけることに…

 ロブスターを食べたかった夫はまたもやブーブー言っていたけれど、他に開いているお店がないので仕方がない。

 10時以降は普通の食事のサービスはなく、アペタイザーとピザのみと言うことだったので、カラマリとムール貝のホワイトソースとトスカーン・ベジタブルピザを注文した。

 ムール貝のホワイトソースが予想以上に美味しく、不機嫌だった夫の機嫌が一気に直ってしまった。

 夫も花より団子かも…(* ̄ー ̄*)フフフ