発達障害の気のある私は、小さい頃から「自分の感覚と自分以外の大多数の人の感覚はかなり違う」という場面に何度も出くわしてきました。
ブログネタ: “自分の常識”が世間では違ったこと、ある?
小さい頃母に「よく考えなさい」「あたりまえ(常識)でしょ」と、よく言われたものです。
おかげで、新しい場所に行ったり新しい事をする時には、周りの様子を観察して状況を確認する癖がついたため、常識だったりその地域限定のルールーだったりを理解しやすくなって驚くことはあまりなかったです。
また、子どもの時から遠距離の引越しを繰り返して、1つの地域に長い期間住むこともなかったので、「所変われば、常識も変わる」と言う事がすんなり理解できました。
ところが、夫は小さい時から成人するまで同じ地域に住んでいて、それ以外の場所を知らないためか、その地域(なのか、夫の家のみのルールーなのか)独特の常識の感覚を持っていて、それが世界中で通用すると考えているかのように振舞うことがあります。
夫がアメリカに転勤になって最初の税の申告※1の時、子どもたちの扶養を申請するため写真入の身分証明書をIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)に提示する必要がありました。
IRSに子どもたちのパスポートのコピーを送ったのですが、「オリジナルじゃなくては駄目」と、返事か来て「下記の住所に○月○日までに郵送してください」と郵送先が書かれた手紙が届いたらしい。
当時は子どもたちの学校の都合で夫とは別の州に住んでいたので、電話が来て「今から言う住所に子どもたちのパスポートを送って」と、言われました。
私の常識ではパスポートの郵送なんて考えられない。ましてや、郵便物が紛失することが多いアメリカ※2で、そんな危険な事はできない。
第一本人確認のための写真入身分証明なんだから、本人なしで身分証明だけ郵送というのもかなり胡散臭い。しかも送り先の住所は夫の住んでいる州でもなければ、私の住んでいる州でもない。
私が、
「パスポートの郵送は(↑上の理由で)できない」
と説明すると、夫は
「政府からの手紙だよ、送るのが常識じゃない?」
と、言う。
(夫の常識、怖すぎ…ヾ(・・;)オイオイ)
夫から電話がかかってきた時に、たまたまスカイプで私の母と話していて、私達の遣り取りを聞いていた母が
「パスポートの郵送?とんでもない。海外でパスポートは体の一部と同じ。体の一部を切り離して郵送する人はいない。非常識だ。」
と、話に割って入ってきてパスポート郵送はしないことになった。
その後もビザの手続きなどで政府からの手紙は来たけれど、どれもコピーの提出か、オリジナルを見せなくてはならない場合は本人が窓口で提示するかで、郵送しろと指示されたことはない。
「あの手紙はいったいなんだったんだろう?」
最後に…