2009年10月29日木曜日

ハロウィン2009 (かぼちゃ)


 ハロウィンが近づくと、近くのスーパーの店頭でもデコレーション(飾り)用のかぼちゃの販売が始まります。
 
(←店頭に並んだかぼちゃ。
一抱えはありそうなサイズ。
近くを歩いている人と比べると、かぼちゃの大きさが分かると思います。)
 
 デコレーション用のかぼちゃも出始めの頃は高いのですけれど、ハロウィンの1週間前くらいになってくるとディスカウントされて5㎏で1ドルくらいになります。

(←パンプキン・ペインティング)
 
デコレーション用のパンプキンはカービング(彫刻)してジャック・オ・ランタンにしたり、絵の具で絵を描いたりシールを貼ってパンプキン・ペインティングに使います。
 
デコレーション用のかぼちゃは大きいのですが、家畜の餌用で残念ながら人間の食用にはならないらしいです。
もったいないけれど、ハロウィンが終わったらゴミ箱行きです。

コーン・メイズ2009


 転勤関係の記事をUPしているうちに、ハロウィンの季節になってしまったので、転勤関係の記事はここらで一休み。
今年のハロウィンの様子について書こうと思います。

 

(←メイズに飾られていたジャック・オ・ランタン。
色々なデザインがある。)

 先週、怪獣は今年も去年と同じコーン・メイズに近所の子供たちと一緒に出かけました。

(←左:白雪姫のジャック・オ・ランタン
右:アニメのキャラクター、パワー・ガールのジャック・オ・ランタン)

 

10月も下旬なのでかなり寒かったようで、怪獣もしっかり冬の服を着て出かけました。

 

(←ジョージ・ワシントン第1代大統領のジャック・オ・ランタン)
 
今年はにカメラを持たせて写真を撮ってもらったのですが、日が落ちてからだったので、メイズの写真は暗くて上手く写らなかったようで、ジャック・オ・ランタンの写真を何枚か撮ってきました。



(←罪人の枷にかかって記念撮影される娘の友達。)
 
 (↓メイズを走っている乗り物。
トラクターの後ろに荷車をつけたようなものだったらしい。
多分気温は5℃くらいだったと思いますが、右端に写っている子は半袖です。
地元の子の中には真冬でも半袖でいたり、ビーチサンダルで学校に通う子がいるのは驚きです。)

2009年10月28日水曜日

ビザのステータス・チェンジ


 引き続きビザの話しで恐縮なのですが…

 私と子供たちは2005年からFビザ(学生ビザ)でアメリカに滞在しています。
以前の記事にも書いたように、学生ビザは出席日数や単位数・成績等の学業に関する制約や、学外での就労ができない、州立の大学の留学生の授業料は州内の学生の3倍~4倍と高額だったりで、不便な事が多いです
学生ビザで暮らしていると、自分が外国人だという不自由さをひしひしと感じます。

 そんな不便な学生ビザに比べると、今回夫が取ったLビザの家族ビザは、(家族のビザなので)学業に関する制約はないし、授業料も州内の学生と同額です。
また、Lビザの配偶者は労働局から許可を受ければ就労できるため、学外でのバイトがOKになります。

 私たちの学生ビザは来年で切れてしまうし、夫のビザの申請と同時に私たちの族ビザを申請できないかと思ったのですが、すでに持っているF(学生ビザ)からのステータス・チェンジなので手続きが煩雑になるため、夫がLビザをとって渡米してから家族のビザの切り替えをすることになりました。

 

 ステータス・チェンジの経過は機会があったらブログにUPしていけたらと思います。

2009年10月26日月曜日

L1ブランケット


 今回のアメリカ転勤が決まって、労働ビザを申請しました。

 一口に労働ビザといっても、アメリカの労働ビザには沢山の種類があって、職種や働く期間によって申請出来るビザの種類が決められています。

 今回が申請出来る可能性のあるビザは、HとLの2種類あって、最初はH1Bビザ(技能職ビザ)を申請する予定でしたが、(ここでも)不況の影響でH1Bビザが降りにくくなっていて、今年中にアメリカでの仕事を始めるのには間に合わないことが判明したので、L1ブランケットビザを申請することになりました。

 Lビザは社内転勤ビザで、個人に発給されるL1AとL1Bの2種類のビザの他に、ある一定の基準を満たした企業に発給されるL1ブランケットビザがあります。
 普通のL1AとL1Bはアメリカの移民局から許可が(通常2~3ヶ月かかる)下りないと申請の手続きに入れないのですが、L1ブランケットの方は、すでに企業が移民局の許可を得ているため、すぐに申請に入れるので短期間(2~3週間くらい)でビザがおります。 

 ブランケットだからと油断したのか、転職先のアメリカの会社はビザの申請に必要な書類をなかなか送って来ない。
(正確に言うと、会社の雇った弁護士が書類を送って来ない。)
 やっとビザの申請に必要な書類が届いたのは、アメリカでの就業予定日の1週間前。
アメリカ大使館での面接の日の2日前でした。
発給されたビザが手元に届いたのが、就業予定日の3日前。
いくら時差があったとしても、3日で引越しまで終えて渡米するのはどう考えても無理。
結局、アメリカでの就業日は3週間後に延期されました。

 

 Lビザの申請の条件。今回L1ブランケットの面接の際に使った書類の一覧は↓にリストしてあります。
ちょっと(かなり?)退屈ですが、興味のある方はどうぞ。

 

 

 

 

    • Lビザの申請の条件(2009,10月現在)
      ①(就職予定の)アメリカの会社がアメリカ国外に本社を持つ企業である事。(親会社がアメリカ国外にあること。)
      ②ビザの申請者が、過去3年のうち最低1年間アメリカ国外の系列企業で管理職または特殊技能職で働いた経験があること。
      ③ビザ申請者がアメリカの会社での役職が管理職か特殊技能職であること。

 

  • L1ブランケット面接に使った書類などのリスト(2009,10月現在)
    -全てのビザ申請者に必要な書類など-
    ①パスポート
    ②DS-156(ビザ申請書)
    ③カラー写真(5×5センチ、背景は白)
    ④申請料金支払いの証明書(ATMの明細書)
    ⑤DS-157(非移民ビザ補足申請書、16~45歳の男性のみ必要。履歴書のようなもの)
    ⑥ビザの返信用のエクスパック(ビザの郵送先(普通は自宅)を書き込んだもの)
    ⑦裁判記録/警察証明書(逮捕歴や犯罪歴のある人のみ)
    ⑧面接予約確認書(オンラインで面接を予約した後に出てくる画面をプリントアウトしたもの)
    ⑨クリアファイル
    -L1ブランケットのみに必要な書類など-
    ⑩I-129Sのオリジナルとコピー2部(合計3部)
    ⑪I-797のコピー3部
    ⑫雇用主からの推薦状3部
    ⑬米国内の子会社や支店のリスト
    ⑭ブランケットビザ料金500ドル(当日大使館で支払い)

 

今回の申請では、⑦を除いた全ての申請者に必要な書類と⑭のブランケットビザ料金500ドルは夫(申請者)が準備して、L1ブランケットに必要な書類⑩~⑬までをアメリカの弁護士が準備しました。

2009年10月24日土曜日

アメリカ転勤2


 今回やっと夫のアメリカ転勤が実現したのですが、日本からのアメリカ転勤で一般的な「赴任」という就業形態ではなくて、「企業内転職」という表現がぴったり来る感じ。

 「赴任」は日本の会社に籍があって、給料も日本の会社から支給されるし、赴任先での住宅費も会社持ちになります
 日本の会社から給料が支給されているので、アメリカに住んでいるけれども日本の税金も年金も払わなくてはいけない上に、アメリカの税金や社会保障費も払う事になるので、企業が日本での税金と年金を負担するケースがほとんどです。

 日本の会社に籍があれば、日本に帰ってくるときに手続きが簡単だし、アメリカのように突然解雇されるという事が起こらないので、職の保障という意味で夫の会社でも以前は「赴任」という就業形態が一般的だったのですが、昨今の不景気で会社も予算が少ないため、日本の会社を退職してアメリカの会社に転職するという形での転勤になりました。

 今回の不景気って給料が減るだけでなく、こんなところでも出てきている程深刻なんだ・・・と改めて実感しました。

2009年10月22日木曜日

アメリカ転勤


 ここの所色々忙しくて、約2週間(以上)ぶりの更新です。

 この度多国籍企業に勤めているがついにアメリカに転勤することになりました。

\(^o^)/バンザーイ

 私たちが留学した頃から転勤の希望は出していたのですが、会社の合併や去年(2008年)のリーマンショック等で延び延びになっていたのが、やっと実現したわけです。
2005年に留学して4年。
結構長い別居生活でした。

 アメリカ転勤になったけれども、の勤める会社と私の大学のある場所は飛行機で5時間くらいの距離です
 が転勤先で住む場所を見つけるまでは暫くは別居生活が続きそうですが、日本とアメリカを行ったり来たりするよりはずっと近いのでもっと頻繁に家族の時間が過ごせそうでうれしいです。
 
 

2009年10月6日火曜日

弱みをとことん利用


ブログネタ: 人に弱みを見せる? 見せない?count

 

 新しい学期が始まって、新しいクラスメイトやインストラクター(講師)にはまず、自分が留学生で英語が下手だという事をアピールします。
どう頑張っても英語の能力がネイティブ並にはならないことは確かなので、見栄をはっても仕方がないです。
あっさり認めて、助けや免除など受けられるものは受けた方が得だからです。

 

 もいっていたのですが、先生に一番最初に質問や交渉に行く時にはわざとゆっくりたどたどしい英語を喋るように心がけて、英語が上手くないのだと言う印象与えるようにするのだそうです。 

 日本の学生は弱点を利用するのを潔しとしない人が多いのですが、日本以外のほとんどの留学生は、追試を受けさせてもらったり、試験の時間を延ばしてもらったり、試験に辞書の持込を許可してもらったり、追加の宿題を提出してポイントを貰ったりしています。

 その代わり、授業で自分の国や地域の話題が出た場合は、たどたどしい英語でも積極的に発言して授業に貢献する。

 欠点と長所ってコインの裏表なので、「弱み=長所」なんですよね。
なので、弱点も上手く利用すれば長所に変わるのではないかと思います。
 

2009年10月4日日曜日

Introduce(紹介)

  発達障害を持つ怪獣はコミュニケーションをとるのがとても苦手。
学校の廊下で友達が
「ハロー」「ハイ」
等と挨拶しているのに、挨拶を返すどころか目も合わない。
このままだとモテない男一直線間違いなし

 小さい頃はソーシャル・スキル・トレーニングに通ったりもして、手を尽くしたけれどもさっぱり効果が現れないので、怪獣のソーシャルライフはもう絶望的だとあきらめ半分、あとは思うところもあったので、無理に訓練するのではなく放っておくことにしました。

 この間、怪獣の学校の先生たちと話す用事があって出かけました。
相変わらず廊下で友達が挨拶しても反応なしなのですが、先生と話したいので教室に連れて行って欲しいと頼むと、各教科の教室を回って紹介するように頼んだわけでもないのに、先生一人一人に
"Mr. (Ms.) ○○, This is my mom. She wants to talk to you."
と、私を先生たちに紹介してくれました。

なんだ、あんたやれば出来るじゃない!
今まで、あれこれ指示して台詞まで親が考えてあげた時はちっとも出来なかったのに…
ちょっと複雑な心境。

 発達障害があっても、他の人の遣り取りを見ている時もあって、それなりにコミュニケーションをとる方法を学んでいる事が今回の経験で分かりました。
ただし、定型発達と違って斑があるのが発達障害児の特徴で、その点は考慮に入れなければいけないのですが…

2009年10月2日金曜日

教師への懲戒処分に疑問の声

ココログニュースに、日本語の話せない外国籍の中学生の転入に難色を示した教師が懲戒処分で停職や減給になった記事があってちょっと考えさせられました。

 
リンク: 教師への懲戒処分に疑問の声.

 

 記事によると、その生徒の編入手続きに1ヶ月、クラスを決めるのに2週間もかかったそう。
全く日本語が分からなくても、1ヵ月半もあれば日常会話くらいは理解できるようになっただろうし、片言の日本語くらいは話せるようになったかもしれないのに…
ちょっと気の毒だなぁと思いました。

 怪獣がアメリカに行った時は、英語なんて全く分からなかったけれど、州の指定の予防接種が済んだ翌日から学校に通う事ができました。
日本語はマイナーな言語なので通訳なんてつかないし、英語オンリーの授業を受けていました。
最初はストレスで大変みたいだったけれど、2ヶ月も経てばなんとか学校生活になじめるようになりました。

 アメリカは移民の国で外国人の受け入れ態勢が整っているから、短絡的に日本の学校と比べる事は出来ないのだけれど、日本の閉鎖的な体質はなんとかならないのかと思います

 怪獣が日本の学校に通っていた時も、障害があるので学校や役所と交渉する場面が沢山あったのですが、どこへ行っても
今までに前例がありませんから
と、最初は断られました。
その後、何度か話し合いを持って説得を続けるのですが、数ヶ月から1年近く手続きにかかりました。

 未来の日本人を育てる教育現場の人間がここまで融通が利かないのは、子供たちにとっては大きなデメリットだと感じて、思わずため息が出てしまいます。