2025年3月9日日曜日

サイドバー復活(問題解決か?)

 Bloggerでトップページと2月13日以降にUPした記事の表示されているページのサイドバーがページの下部に移動するレイアウト崩れ、問題の起こっているページのリンクが無効、一部の記事の文字全てにアンダーラインが引かれる、等の問題が起こってたので、ヘルプセンターにフィードバックを入れたのですが、何日経っても解決せずBloggerでの過去記事のUPを2018年の2月の最初で停止していました

(↑サイドバーが復活したページ)

 3月6日(東部標準時)に、トップページは相変わらず正常に表示されていなかったのですが、正常に表示されているページから月別のアーカイブ(バックナンバー)をクリックして表示したら、2018年1月以外の月別アーカイブは正常に表示されるようになりました。
(以前は2025年2月13日以降にUPした記事を含む2018年1月と2月のアーカイブは正常に表示されなかった。)

 2018年の1月の記事に問題がありそうだと分かったので、文字にアンダーラインの引かれているページを一度下書きに戻したけれど問題は解決されないままでした。

 次に1月の記事全てを下書きに戻してみると、トップのページが正常に表示されるようになりました。

 その後、全ての記事をアップロード(公開)し直したらまた問題発生したので、アンダーラインの引かれていない記事のみを下書きに戻したら、正常に表示されました。

(↑問題のあった記事)

 アンダーラインの引かれていなかった記事の中で、ある一つの記事をアップロードすると問題が起こる事を発見。

 問題の記事のHTMLをチェックしたら2カ所文法の間違いがあることがわかりました。
 一つは、『<div>』タグを閉めていなかったここと、もう一つは余分な『<u>』タグが入っていてそのタグも閉めていなかったことです。

 BloggerのHTMLエディターはタグが不一致だと赤字で表示されるので、『<u>』タグの方は不一致が表示されていたのですが、『<div>』タグは性質上閉めていなくても赤字表示されないので、気が付きませんでした。

 タグのエラーを修正して再度公開したら、今度は正常に表示されるようになりました。

 と、言うわけで、Bloggerの過去記事UPを再開する事にしました。

 

2025年2月14日金曜日

またもやBloggerで問題発生

 2023年の8月からBloggerへの記事の引っ越しを進めて来たのですが、アメリカ東部標準時の2月13日からまたもやトラブル発生中です。

(↑トラブルが起こる前にUPした記事のみが表示されているページのスクショ)

 トップページを含む2月13日以降にUPされた記事の表示されているページのサイドバーがページの下に表示される不具合(レイアウト崩れ)が出ています。

 また、記事のタイトルをクリックすると記事が個別に表示され、サイドバーなどから月別のページなどにリンクできていたのですが、不具合の出ているページのリンクがサイドバーや記事のタイトルも含めて全て無効になっている状態です。

(↑トラブルが起こった後にUPした記事の表示を含むページのスクショ)

 その他にも記事の文字全てにアンダーラインが引かれる現象が、記事をUPしたタイミングに関係なく出ている記事が混じるようになりました。

 ブラウザの履歴やキャッシュをクリアしたり、Googleとは別のブラウザで表示させてみたり、別のデバイス(ipadmini)で表示させてみたけれど、問題は解決しませんでした。

 取り敢えずヘルプセンターにフィードバックを入れたのですが、この記事を書いている時点(アメリカ東部標準時2月14日午前10時現在)でまだ復旧していません。

 やっとnameタグの問題が落ち着いて来たところだったのに…

 ココログの定期更新はそのまま3日に1度ですが、Bloggerの過去記事UPはまた停止する事になりそうです。

 

2024年12月11日水曜日

悲報ー( TДT)ーBloggerで<name>タグが使えなくなった

 12月の初めころから、Bloggerで<name>タグが使えなくなりました。

 <name>タグは簡単に言うと本文の中のある特定の個所にリンクしたい時に、飛びたい先の場所を指定するためのタグです。
html4までは<name>タグを使えるのですが、html5では使えなくなっています。

 ココログではまだhtml4が使えるのですが、Bloggerはhtml4の使用を停止してしまったようで、ココログの通常エディターからコピペでブログの引っ越しをしていたたため、<name>タグの飛び先が全て無効になってしまいました。

 おかげでBloggerの<name>タグでのリンク先の指定を全て手動で書き換えなければならない事に…

 今まで11年分の記事の引っ越し済みの記事から、<name>タグの部分を探して書き換えをして、動作確認の作業をしなければならない。
<name>タグはそこまで頻繁に使うものではないので、修正が必要な個所が数百と言う事にはならないだろうけれど、どこに使ったかを探す作業が面倒です。

 あ゛ー( TДT)ーっ!!!

 と、言う事で、書き換え作業とクリスマスの準備で忙しいので、ココログは不定期更新に、Bloggerは暫く過去記事のUPは休止することにします。
定期更新に戻れるのは来年になってしまうかもしれません。

(m。_。)mスミマセン

 

 

2023年8月8日火曜日

こんにちは~

2005年、無謀にも子連れアメリカ留学を決意、周りの「絶対無理だよー」「ビザが取れないって」の心配をよそに、夏に渡米した私たち母子。

2006年から某ブログにて日々の出来事を綴っていたのですが、容量がほぼ満杯になってしまい古い記事を削除しないと更新が出来なくなってしまったため引っ越しをすることにしました。

今はインポートを手探りで試している状態です。
古い記事からUPしていく事になると思いますので、よろしくお願いします。

2019年9月19日木曜日

雨漏りの修理(応急処置)

今年は修理の当たり年のようです。
今の家に越してきて早くも9年。
我が家は70年代の後半に建てられた築40年超えの建売住宅で、前の持ち主は売り渡す前にある程度の修理はして、検査にも通っていたのだけれど、さすがに入居して9年もたつと、当時は問題なかった箇所も色々と修理が必要になってきました。

(↑屋根裏の雨漏りしている箇所)

 我が家は2階建てなのですが、ガレージと洗濯室とキッチンの一部とリビングの一部(ファミリールームの一部)は2階部分がないです。
ガレージと洗濯室とキッチンは隣り合っていて屋根裏がつながっていて、ガレージから折り畳みの梯子(階段?)で屋根裏に入ることができます。
 ある日、がガレージとキッチンの境目付近のガス暖房炉(ファーナンス)の煙突付近から屋根裏に雨漏りしていて、屋根が腐り始めているのをみつけました。
 雨漏りがひどくならないうちに何とかしなければ…とは思ったのですが、本格的に修理をするとなると野地板や垂木の一部やアスファルトのルーフィング(スレート?)雨押さえの板金など全部交換する必要があり、大掛かりになるので、とりあえず水が漏る部分だけ何とかしよう、ということで応急処置をすることにしました。

(↑↓雨漏りしている場所を確認するためにホースで屋根に水をかけているところ)

まず、屋外の雨漏り箇所を確認するために屋根に水をかけます。屋根裏側から水の漏れている個所を確認する。

漏れている個所が確認できたら、ある程度乾くのを待って(完全に乾いてしまうと問題の個所がわからなくなるので注意する)問題のある部分を外す。

(↑外したルーフィング:左と、雨押え板金:右)

ここで修理に必要な材料が把握できたので、材料を買いに行ったのだけれど、アメリカは欠陥がなくても返品できるので、予め使いそうな材料を買って置くこともできる。

(↑水色の矢印の先が交換&修理した部分)

③屋根裏側の修理
屋根裏部分の腐った野地板の部分と垂木の一部を交換する。

(↑雨押え板金を交換しているところ)

④屋外の修理
雨押え板金を交換、雨漏りしていた部分にも板金を敷く。
(今回は応急処置なので、アルミの薄い板を加工して雨押え板金の代わりに使った。)

(↑ルーフィングを敷きつめたところ)

⑤ルーフィングを敷きつめて、隙間のある部分をシーラー(コーキング)を塗ってふさいで防水する

(↑隙間部分にシーラーを塗ったところ)

上の画像を撮影した後に、煙突と外壁にかなり大きな隙間があったので、隙間部分を発泡性のフィリングで埋めた後、コーキングを塗って防水した。

最後に、もう一度屋根に水をかけて、屋根裏側から漏れがないかを確認する

(↑腐ってしまった外壁と屋根の継ぎ目に被せた板)

今回は応急処置という事で、雨漏りしている個所だけの修理をしたけれど、外壁やルーフィングもかなり劣化しているので、近いうちに外壁と屋根の交換が必要になりそうです。

2019年9月13日金曜日

2019秋学期スタート &シロ(猫)のお悔やみカード

 3日遅れの更新です。
8月26日(月)から怪獣と私のカレッジの講義が始まりました。

 登録の記事で書いたのだけれど、怪獣は1教科のみで月曜日と水曜日の午後家から車で1時間のメインキャンパスでの講義、私は2教科で一つはコミュニケーションのクラスで車で10分の近くのキャンパスで月曜日と水曜日の朝、もう一つは異常心理学のクラスでメインキャンパスで水曜の午後からですが、9月18日からスタートです。

 秋学期が始まってから3週目で、もう一つのクラスもまだ始まっていないのに、すでに宿題やらレポートに追われて忙しい日々を過ごしています。
 私の取っているコミュニケーションのクラスは、怪獣が2年くらい前に取っていたクラスと同じ教科で、その時に使っていた教科書(E-Book)がバージョンは一つ前だけれど最初は使えたので、学校のブックストアーで高価な教科書は買わずに、ネットでPDF版の安価な教科書を手に入れることができた。
 コミュニケーションのクラスでは、提示された9ページの本のリストの中から一冊本を選んで、ブックレポート(本の内容とその内容を自分の実生活にどのように応用していくかなどを書いたもの)書くことになっているのだけれど、そのリストの中に以前読んだジェイ・カーター著の『Nasty People』があったり、怪獣がブックレポートを書いた本で、面白そうだったので以前に買っておいた本があったりして、課題のために新たに本を買うことがなくて済みそうなのも嬉しかったです。

 

シロ(猫)のお悔やみカード:

 シロ(猫)がなくなって、翌週にかかっていた動物病院からお悔やみのカードが届きました。

(↑動物病院から届いたお悔やみカード)

 中には病院のドクターとスタッフからのお悔やみのメッセージが書かれていました。

 シロがなくなって数日は、家の中でシロの気配のようなものが残っていて、家具の陰にいるような感じや、視界に入らない部屋の隅にいるような感じや、戸口の向こう側の見えないところにいるような感じがしていましたが、最近そのような気配も感じなくなりました。
 だんだん慣れてきたのかなぁ…と、思っていたのですが、そう言えばシロが亡くなって暫く奇妙な鳴き方をしたり奇妙な行動をとっていたマダラ(猫)も以前通りに戻っていることに気が付きました。
 あぁ、これは虹の橋を渡って向こう側に行ったな…こっち側(の世界)にいなくなったんじゃないだろうか(成仏?した)…と、思いました。

 

 

2019年9月7日土曜日

シロ(猫)追悼2&『虹の橋』

(↑2016年5月)

 前回の記事からの続きです。
 3歳の時(2006年)に渡米して以来、獣医いらずで過ごしてきたシロでしたが、陰りが出始めてきたのが2016年春に右上の犬歯抜けてからでした。

(↑3月31日、犬歯が抜けた後の穴)

 1本犬歯が抜けても、以前と同じようにカリカリは食べてられていました。

(↑2017年)

 2017年4月には血尿が出て通院になり、同じ頃左上の犬歯も抜けてしまった

 カリカリは食べているものの、1度に食べる量が多いともどすようになったので、1回の食事の量を減らして1日2回から1日3回に回数は増やしました。

 9月にはまたもや体調不良で獣医のお世話になり、検査は色々するけれど、肝臓のALTの数値が高いことが分かっただけで、これといった治療はないまま過ぎていった。

(←2018年4月、フライドポテトの匂いを嗅ぐ) 

 2018年の夏に、暑さのせいか食慾が随分落ちてしまい、カリカリだけでなく食慾がない時には缶のキャットフードも食べさせるようになりましたが、体重は増加しないままでした。

 10月末には、またもや血尿が起って獣医に行き、細菌の培養検査をする予定が手違いで取ったサンプルが送られないまま治療はうやむやに…

(↑2018年12月)

(↑2019年6月、新しく貼替えたキッチンの床の上で)

 2019年の前半は体重は減って来たものの、カリカリを普通に食べて生活していました。
5月の頭に、の卒業式に参加するために1週間家族で旅行した時も、ペットシッターに頼んだ1日1回のカリカリの給餌だけで元気に過ごしていました。

 体調が崩れてきたのは6月になって、最高気温が30℃を超える真夏日で夜も25℃を切らない熱帯夜になったあたりからです。
食欲が落ちて3回のうちの1回は缶のフードに置き換えるようになりました。

 6月の下旬には、水も食事も自力では食べなくなってしまったので、以前獣医で処方してもらったペースト状の缶フードをアイスクリームのヘラのようなもので口に入れて食べさせ、水はシリンジ(注射器の針のついていないもの)で飲ませました。
 1日3回、2日くらい続けた後、人間の食事用に買ったマグロの赤身の刺身を細かく切ったものをマダラ猫に食べさせるために小さなボウルに入れて置いたら、シロが寄ってきて食べ始めたので、シロの分を新たに切って食べさせました。
 マグロの刺身を食べた翌日からは自力で食べ始めたので、また2食カリカリで、1食は缶フードの食事に戻しました。
その後も7月中は、自力で食べない時は人間が2~3日食べさせると、食欲が戻ってカリカリと缶の食事に戻るという事を繰り返していました。

(↑2019年8月26日、亡くなる2日前)

 8月になって再び体調を崩して、カリカリは食べ亡くなったので、1日3回の食餌を全部缶のフードに替えました。
食べさせていたのはフレーク状の缶詰めで素材の形の残っているものだったのですが、次第にそれも食べなくなり、ペースト状の市販の缶詰に変更しました。

 8月の2週目くらいからは、自力で水が飲みにくそうだったので、1日3回食事の前後にシンリジで水を飲ませていました。
(食事は自力で食べていた。食べない時には人間が食べさせると2~3日でまた自力で食べるようになった。)

 8月の3週目に、体力も落ちてきたのか、階段の上り下りが1段ずつになり、トイレ以外の場所で粗相もするようになってきました。
8月の3週目の週末に、また自力では食事ができなくなったので、人間が食べさせるようになり、土曜日にマグロの刺身を買ってきて食べさせたのですが少し食べただけで食慾は戻りませんでした。
 この頃から1日中家具の下などで寝ていることが多くなり、8月の4週の頭には2階へ上がることもなくなりました。
(それまでは、マダラ猫と一緒に夜は2階の夫婦の寝室で寝ていた。)

 亡くなる1日前の夜から、人間が餌を食べさせても食べた後に戻すようになり、亡くなった当日も食事を戻す状態が続いたので、獣医に連絡して診察を頼んだのですが、予約でいっぱいで診られないとのことだったので、翌日の朝に予約を入れました。
「もし、かなり調子が悪そうなら救急専門の獣医に連れて行くように」と、場所も教えてもらいましたが、調子が悪いのに無理に連れ出すのは負担になるだろうという事で、翌日を待つことにしました。
 容体が急変するかもしれないので、できるだけ家にいたかったのですが、8月の第4週から怪獣のカレッジの新学期が始まり、その日は車で1時間くらい離れたキャンパスで怪獣の授業がありました。
 私たちが学校に行っている間は留守になってしまうので、に電話をして仕事からできるだけ早く帰ってもらうようにお願いして、学校へ出かけました。

 が6時頃仕事から家に戻ると、シロ(猫)がトイレに行く途中で倒れていて、抱き上げると苦しそうだった顔が少し柔らかくなって、暫くして亡くなったそうです。
 私たちが学校から帰った6時半頃には、既に冷たくなっていました。

(↑シロ猫を埋めた場所、矢印の先に目印の石を置いてある)

 猫を飼っているアメリカ人の友人数人に、自宅の庭に埋めることが可能かどうかテキストメッセージで訊いたら、その中の一人から「庭に埋めることは可能。池や川や湖などの水源から200フィート(60メートル)以上離れていること。最低2フィート(約60センチ)の深さに、死後24時間以内に埋めるのが州の法律。」と返事が返ってきました。
 他の友人からは、「自分が埋めた時は、梱包して埋めた。火葬してくれるサービスもあるけれど、どこでやっているのか値段はどれくらいなのかわからない」と返事がきたので、翌日の朝に(は午前中仕事を休んで)庭に穴を掘って埋葬しました。

 埋葬の翌日に、別のアメリカ人と話す機会があって、飼い猫が亡くなって自宅の庭に埋葬した、と、話しました。
そうしたら、その人の家で以前飼い犬が死んだのだ時の話をしてくれて、その時はどうしたらいいのかわからなかったので、その人の旦那さんがゴミ袋に入れてゴミ箱に放り込んで他のゴミと一緒に回収してもらったら、子どもたちが相当怒って非難の嵐だったそう。
 確かに死んだらただの物体でしかないかもしれないけれど、子どもたちにとってはショックでしょうよ…と、思いました。

 

『虹の橋』について:

 『虹の橋』は作者不詳の詩で、ペットを亡くした人の間で語られている伝説のようなもの。

原文は英語で、日本語訳は…

天国には「虹の橋」と呼ばれる場所があります。

飼い主にこよなく愛されていた動物は全て、この虹の橋に集まります。

誰もが皆、走り回ったり遊んだり出来るよう、ここには草原や小高い丘があります。

食べ物も飲み水も豊富にあり、太陽が暖かく照り付けてとっても心地よい場所です。

病気や老いで弱っていた動物たちは、全て元の元気な体に戻ります。

傷ついたり体が不自由だった動物たちも、全て健康で活力に満ちた体を取り戻します。

それはちょうど、飼い主がペットが元気だった頃を懐かしむときの姿です。

動物たちは皆満ち足りており、何の不満もありません。

でも、たった一つだけ、気がかりなことがあります。

それは一緒に虹の橋に連れてくることの出来なかった、飼い主であるあなたのことです。

動物たちはみんな仲良く集まってはしゃぎ回りますが、 そのうちふと足を止めて遠くを見つめるときが来るでしょう。

やがて瞳がらんらんと輝き、体が震えだしたかと思うと、

突然仲間のもとから離れて緑の草原を駆け抜け、飛ぶように走りに走るのです。

そう、あなたを見つけたのです。

特別な感情で結ばれたあなたと友達は、とうとうこの場所で再会を果たし、

もう二度と別れることのない新たな出会いに胸を躍らせます。

友達はあなたの顔にキスの雨を降らせ、

あなたも懐かしい友達の体を撫でて長いこと見ることの無かったその瞳を見つめます。

片時も忘れることの無かったその瞳を。

そうしてあなたと友達は、共に虹の橋を渡るのです。

(↑日本語訳:虹の橋~原文と日本語訳より引用)


『虹の橋』の詩には2番や3番などが新たに付け加えられたり、色々なバリエーションが加えられたものもあります。
その中で、猫の『虹の橋』の詩(英文)があったので紹介します。

The Rainbow Rridge (for your cat)
By Kirk J. Rudell
July 14, 2018

Just this side of Heaven is a place called the Rainbow Bridge.

When an animal that has been especially close to someone here dies, that pet goes to the Rainbow Bridge—even your cat! There are meadows and hills for all of our special friends where they can run and play together. There is also a dark closet for your cat to dart into, because, well, there are a lot of dead special friends running around. Kind of hectic and exposed out there in the meadows and hills.

In the back of the dark closet is a shelf, and on that shelf is the comfiest, coziest cat bed. But your cat will go to the other side of the shelf and burrow into the stacks of expensive sweaters—sweaters that cost a fortune to dry-clean—and after a while it’s, like, fuck it, the sweaters are the cat bed now.

And that’s O.K. at the Rainbow Bridge, where all the animals who had been ill and old are restored to health and vigor, just as we remember them in our dreams. Your cat, threatened by the presence of so many healthy, vigorous animals (even though, truly, they could not care less about him and barely noticed his arrival), will start marking every part of the Rainbow Bridge, until the meadows and hills have a sort of stale ammonia smell.

The animals are content (even your cat, mostly), except for one small thing: they each miss someone very special to them, who had to be left behind. But then the day comes when an animal pauses and looks into the distance. His eager body quivers. Suddenly, he begins to run away from the group, flying over the green grass, his legs carrying him faster and faster.

You have been spotted. Well, not you. That’s more an example of what happens with the dogs. When you show up, you will look around at all the happy, healthy, former pets and think, Huh. Where’s my cat? And then you will catch the ammonia smell (remember when your house smelled like that?), and you will see the dark closet, and you will know. And you will joyously throw open the closet door and yell “Felix!” and he may look up. Maybe not. Probably not. And you will clap your hands and call for him, as you used to do before you were both, you know, dead, and he will remember that sound, and the excitement in your voice, and it will disgust him. Your unquenchable thirst. Your vulgar need. And he will yawn and stretch and extend a claw and pull on a cashmere thread—a loop he’s been working all day—until, gently (oh so gently; you love this little asshole!), you reach into the closet and lift him up and cover him in kisses.

And, as you scratch his ears the way he likes, and look once more into his trusting eyes, he bites your hand for NO GODDAM REASON YOU WERE JUST PETTING HIM, and you drop him, and he runs back into the closet, and he vomits on the sweaters, and you fish him out again and then you cross Rainbow Bridge togeth—

Nope. You were halfway across, and you stepped on a stick or something, and the noise freaked him out, and he raked your chest and leaped down and ran back to the closet.

You live in the meadow now. You and your cat. For eternity.

(↑the NewYorker "the Rainbow Bridge (for Your Cat)”より引用)

 

緑色の文字の部分が原作に加筆されたり書き換えられている部分で、

・沢山の亡くなった動物たちでいっぱいの草原や丘の喧騒から逃れるための戸棚があったり、
・戸棚には猫の寝床があって、それは高価なドライクリーニングが必要な(飼い主の)セーターでできていたり
・猫は(猫の到着を気にも留めない)元気いっぱいの動物たちに脅かされていたり
・虹の橋の詩の動物の飼い主を見つけた時の反応は主に犬の反応で、猫の飼い主は元気いっぱいに走り回る動物を見まわしながら、私の猫はどこ?と探して、戸棚で遂に飼い猫を見つける。
・やっと探し当てても猫は無反応であくびをしている。
・原文ではペットが飼い主にキスをする事になっているが、猫の場合は飼い主が猫を抱き上げ猫にキスをする事になっていたり
・以前のように耳の後ろを掻いてやると、噛みついて戸棚に戻り(高級な)セーターにゲロを吐く
・めげずに猫を捕まえて猫を抱いて一緒に虹の橋を渡るはずが…
・飼い主が途中で何かに躓きそれに驚いた猫は飼い主の胸をひっかいて、戸棚に戻ってしまう。
・このようにして、飼い主と猫は永遠に草原でくらしている。

と、いう内容で、「いかにも猫らしい反応だなぁ」と思いました。

 

2019年9月4日水曜日

シロ(猫)追悼


 10日ぶりの更新です。
先週の水曜日(8月28日)、我が家のシロ猫が虹の橋を渡りました。

(←我が家に来たばかりの頃)

 2003年生まれの16歳なので、猫としてはかなりのお年寄りでした。
(人間に換算すると80歳くらい?)

 我が家のシロは、まだ私たちが日本に住んでいた2004年に野良猫を保護して里親を探しの活動をしている人から譲渡してもらいました。
 我が家に来た時点で約1歳(野良猫なので、保護していた人の記憶で正確な誕生日はわからない)で成猫でした。

(↑2004年9月)

 元野良だったためか警戒心が非常に強くて、我が家に来て数カ月はケージの中で暮らしていました。

(↑2004年12月)

 我が家に来た時はスレンダーな体形だったけれど、寄生虫の駆除後に体重が順調に増えて、年を越す頃には丸々太っていました。

(↑2005年2月 先住猫のマダラと一緒にストーブのそばで)

(↑2006年12月、ベースメント・アパートメントで)

 2006年には、日本から私と子どもたちが住んでいたアメリカの留学先のベースメント・アパートメントに猫を連れて飛行機で飛びました
アメリカに連れてきてすぐくらいの頃に、アパートから脱走して一時行方不明になっていたこともあるけれど、数日で帰還、その時の野良の生活が辛かったのか、その後脱走することはなくなりました。

(↑2007年8月)

(↑2007年12月)

(↑2008年5月)

(↑2009年4月)

(↑2010年6月、今の家に引っ越してきた直後。
庭の動物を窓越しに眺めるマダラとシロ)

 2010年には西部の留学先をでて、の仕事のある現在の家へ猫たちも連れて車で2日かけて引っ越し
庭付きの二階建てのお家に移って、庭にくる鳥や動物に興味津々でした。

(↑2010年10月玄関で日向ぼっこをするマダラとシロ)

(↑2011年9月)

(↑2012年7月、ダイニングでくつろぐシロ)

(↑2013年6月)

(↑2014年7月)

(↑2015年12月、クリスマスツリーの下で)

長くなって来たので、2016年以降は次回に…

 

 

2019年8月24日土曜日

灯台巡りツーリング &バイカ-の挨拶

 今回の灯台巡りツーリングは、1泊2日の予定で1日目は(2017年のツーリングで訪れることのできなかった)4か所の灯台、2日目はトラバースシティー周辺を観光するか、寄り道してデトロイト市の郊外で16日~18日にかけて行われていたドリームクルーズ(ノスタルジックカー・クラシックカーのイベント)に寄ってもいいかな?と思っていました。

(↑今回のツーリングに間に合わせて取りつけたスマホのホルダーと仮付けしたディスプレー)

(↑バイクとManistee Lighthouse)

 1か所めのManistee Lighthouseを見た後、マニスティ―市にあるサンドウィッチとクッキーやカップケーキを売っているランチ屋さんで昼食を食べました。

(↑昼食を食べたマニスティーク市のサンドウィッチ屋さん)

(↑上:クラシック・チキンサンド
下:ベーコンレタスサンド)

(↑バイクとFrankfort Light)

 灯台を2か所回って、そろそろホテルの予約を…と思ってスマホで検索すると、(夏のリゾート地のためか)トラバースシティー周辺は空きがなく、あっても室料がオフシーズンの3倍~4倍のお値段だったので、宿泊はせずに帰ることにしました。

(↑マニスティーク周辺の舗装されていない迂回路。)

 マニスティーク付近の州道は工事中で、舗装のされていない迂回路を通らなければならなかったりしたため、帰るとなったら明るいうちにインターステート(州間高速道路)までたどり着きたかったので、灯台巡りは途中で切り上げて帰途につきました。

(↑ミシガン州道、中央分離帯なし対面通行1車線の道路だけれど、制限速度は65マイル毎時=約104㎞毎時)

 夏時間で日没は午後8時半頃で日没後30分くらいは明るいので、インターステートには暗くなる前に無事にたどりついたけれど、暫く走ると少し強めの雨が降ってきました。
 乗っていたバイクのゴールド・ウィングはツアラーなので、多少の雨でも濡れることはないのだけれど、路面が濡れていてちょっと危険でした。しかし、雨宿りで止まっても近くで給油できるところがないのでそのまま走行しました。
 暫くしたら雨の降っている所を抜けたのか、雨が止んで路面が乾いて来たので給油できるところまで走って、給油ついでに遅い夕食を取って帰路につき、家にたどり着いた頃には日付が変わっていました。

 

バイカーの挨拶:

(↑left-handed low greeting 画像
https://www.adventurebikerider.com/rider-etiquette-bikers-gestures/

より引用。)

 今回のツーリングでは、他のバイカーも結構見かけました。
他のバイクとすれ違う時、が左手を斜め下に出して挨拶しているのに気がついたので、バイカーの挨拶について調べてみました。

AxselAddictの記事"Motorcycle Etiquette: How Not to Wave Like a Dork"(英語)によると、

バイカーの挨拶の起源は1903年にハーレーダビットソンが創業した頃にさかのぼり、創業者のウィリアム・S・ハーレーとアーサー・ダビットソンがバイクですれ違う時にお互いに挨拶したのが始まりで、彼らは他のライダーにも同じように挨拶したことから広まったらしい。
挨拶が広まって来た頃のバイカーの挨拶の方法は色々だったけれど、1946に、バイカーたちの間でWave Hard And True Biker Societyが結成され、スタンダードやルールがが決められたらしい。

 

【ハンド挨拶の種類】
サイン 方法
左手ー低 左手を伸ばして、1本、2本、3本、または5本指で路面を指す
左手ー真直ぐ 肩とほぼ同じ高さか、少し低めの高さで左手を横に延ばす
左手ー高 肘をまげて左腕を少し前に上げる
右手 ツアラーやゴールドウィングなどのクルーズコントロールがついているバイクに多い
左手ー前 左手をハンドルから素早く離す(3秒以下)

その他にも、『頷く』という挨拶の仕方もあるらしい。

 

【いつ挨拶するか】

・インターステート:しなくてもいい
・カーブを曲がっている時:しなくてもいい
・雨や夜:しなくてもいい
・凸凹のない2車線道路:適切
・交通量の少ないハイウエイ:適切
・ラリー中:しなくてもいい
・渋滞中:しなくてもいい

【挨拶が返ってこない時】

・こちらの挨拶が見えなかった
・相手がクラッチの操作中だった
・ハンド挨拶の代わりに頷いた場合

(↑ゴールドウィングのハンドル周り
水色の楕の中:クラッチレバー
黄色の楕円の中:前輪ブレーキレバー
ピンクの楕円の中:クルーズコントロールスイッチ
緑の楕円の中:スロットル
スロットル(アクセル)が右についているため、走行中は右手で挨拶をすることはできないが、クルーズコントロールがついている場合はスロットルの操作をしていなくてもスピードがコントロールできるので、走行中も右手で挨拶が可能。)

日本にもバイカーがすれ違う時の挨拶(ヤエー)というものがあるらしいが、日本では車両は左側通行なためとバイクの構造上(↑上のハンドル周りの画像参照)のため、『左手ー低』のサインはない。(『左手ー低』のサインをしても、対向車からは見えない。)
代わりに左手を上げてピースをする挨拶方法らしいけれど、私が日本でバイクに乗っていた時は見かけたことがなかったです。