2010年6月19日土曜日

洗濯機&乾燥機故障


 引っ越した先の家は1970年代後半に建てられた中古住宅です。
日本だと築30年以上の家は住宅の価値はほとんどなく、土地だけの値段で取引されるかなり古い住宅と言うイメージですが、アメリカでは築30年の家は比較的新しい部類に入ります。

 内装や外装をこまめにリフォームして新しい機器などを付け加えていけば、かなり古い家でも新築の家とほぼ変わらない値段で取引されます。
そのためか、アメリカでは持ち家の手入れやリフォームを定期的にやる人が多いです。
(庭の手入れも含めると、一年中手入れかリフォームをしている状態です。)

 リフォームが盛んなアメリカで、我が家が引っ越したのは、正真正銘の築30年越えの中古住宅。
屋根とヒーターと給湯タンク以外は、ほぼ建築当時のまま。
家に備えつけてあった冷蔵庫も調理器具も洗濯機や乾燥機も、多分新築当時に購入したものではないかと思われるようなものでした。

 使ってみると、調理器具と冷蔵庫は使用可能だったのですが、洗濯機と乾燥機は故障?(多分寿命だと思う)している事が判明。
洗濯機はすすぎの時にドラムが動かないし(水を溜めて排水するだけ)、乾燥機は5時間くらい回さないと洗濯物が乾かないうえに、タイマーが壊れていました。
どちらも使おうと思えば使えないことはない(洗濯機は「洗い」を2回繰り返してすすぎの代わりに出来るし、乾燥機は5時間回せば良い)けれども、電気代と水道代を考えるとなるべく早く買い換えた方がよさそう。 

引越しでお金が飛んでいったばかりなのに…(つд⊂)エーン

 

と、言うわけで、新しい洗濯機と乾燥機に買い換えるまでは、とりあえず洗濯だけして乾燥は部屋の中ですることにしました。
日本と違って乾燥しているので、部屋のクロゼット(作り付けの洋服ダンス)に吊るしてクロゼットを開けておけば乾く。
バスタオルなどの大物は、ホワイエ(玄関ホール?)の階段の手すりに干す事になりました。

(↑よそいき顔のホワイエ)

ホワイエは家に入って最初に目にする場所なので、その家の「顔」なのに…(T_T)

 半円型に伸びた階段と手すりが上品な感じで綺麗だったのに…
バスタオルを干すと、晴れた日の集合住宅のバルコニーのような感じ。
(洗濯物の干されていない時はおしゃれな感じだけれど、洗濯物があるだけで一気に生活感が…というか、これで布団を干せば洗濯物干し台以外の何物でもでもない状態)

 玄関を開けると生活感が前面に出てお出迎え、お客様を迎えるよそいき感が全くなくなってしまった。

(↑洗濯物の干された生活感たっぷりのホワイエ)

そういえば、私の実家の階段(玄関を入ってすぐの所にホワイエのような吹き抜けの階段があった)も雨の日に洗濯物を干すのに使われていたっけ。

雑誌やモデルルームのようなおしゃれな階段を維持するには、やはり乾燥機が不可欠なのだろうか?

2010年6月16日水曜日

ナチュラルハウス


 こちらに着いてすぐ、インターネットと電話の接続を申し込んだのですが、どうしたわけか、電話のみの工事が来て、インターネットの工事は来なかった。

 夫のワイヤレスも、新居では接続が不安定で使えない日もあったりして(会社と前に済んでいたアパートでは問題なく使えたらしい)、約10日ぶりの更新になります。

 アメリカ大陸ほぼ横断引越しを、たったの2日で強行した我が家。
引越し先は、夫の会社の隣の市の築30年を超えの中古住宅。
到着した時は深夜だったため、真っ暗で何も見えなかったのですが、翌朝起きて窓から庭を眺めると、何か動くものが庭を横切っていきます。

 「何だろう?」
と、思ってよく見ると、リスや鳥やウサギでした。

(←玄関先に出没した鳥とリス)

 特にリスや鳥は近所の家で餌台を庭に置いてある家があったりして、人間になれているせいか、結構ドアや窓の近くまで寄ってきます。

 元々は森だったところを切り開いて住宅地にしたらしく、時々鹿なども庭に出没します。

 (←リビングの窓からお隣の庭を眺める猫たち。
鳥やリスが庭を横切るので、何時間でも眺めている。)

 昆虫も沢山いるし、動物も頻繁に室内から眺められるので、怪獣は
「ここって、ナチュラルハウスか何かじゃない?」
と、キャンプか林間学校に来た気分。
 猫たちは、窓から庭に出没する小動物を眺めて興奮気味。

 引越し前に住んでいた市(ロッキー山脈の麓でかなりの田舎。その代わり自然や景色はナショナルパーク並み)に比べると、人口も多いしメトロポリスの郊外ということで、もっと都会で殺伐とした感じだと思っていたので、今住んでいる家の周りに自然がいっぱいで静かな環境なので、ちょっとホッとしている所です。 

2010年6月7日月曜日

約2000マイルの大引越し


 6月に入って初めての更新です。

 去年の秋に夫がアメリカ転勤になって以来、夫は北アメリカ大陸の東部に、私と子供たちは西部に住んでいました。
子供たちの(特に娘の)学年が終わって、夏休みに入ったので、夫の住む州に引っ越すことにしました。 

(←ユタ州からワイオミング州へ向かう、ロッキー山脈越えのルート。)

 日本から夫が転勤した時には、引越しの費用を会社が出してくれたのですが、今回の私たちの引越しの費用は自腹だったので、レンタルトラックを夫が運転して荷物を運び、今使っている乗用車を私が運転していくことになりました。

(←多分、ネブラスカ州かアイオワ州に入ったばかりのところ。
ロッキー山脈を越えると、あとはひたすら平坦な草原が続く。)

 (←ナショナル・パーク巡りが趣味の我が家、引越しの途中で車の走行距離のメーターが11万1千1百11マイルのぞろ目になったので、運転しながら撮影しました。)

 日本に住んでいる友人には、
「夫さんが住んでいる町に引越しなの?アメリカ国内だから、日本から引っ越すより近いわよね。」
と、言われるのですが、
直線距離で約1700マイル(2720km)、実走距離は約2000マイル(3200km)近い長距離移動。

 6月3日に、アメリカ大陸ほぼ横断の引越しに出発した我が家。
1日当り15時間近くのドライブの末、6月4日の深夜(正確には、6月5日の午前2時ごろ)やっと夫の住む町に到着しました。  

2010年5月31日月曜日

高校の卒業式2010(娘)


  先週の木曜日、5月27日、は娘の高校の卒業式でした。
卒業生が400名近くいるので、卒業生と教師、家族を高校のホールに収納することが出来ないので、近くの大学(娘が秋から通う予定の大学)のアリーナ?で卒業式が執り行われました。
 
 アメリカの映画などでは、卒業式のローブの色は黒ですが、実際の卒業生が着るローブの色はその学校のスクールカラーです。

 娘の学校のスクールカラーは青とオレンジなのですが、卒業式で着るローブの色は男子生徒が青、女子生徒は白でした。

 (←ローブの後姿。袖が緩やかで、黒かったらハリー・ポッターのスネイプ先生の着ているローブのような形です。
このローブをレンタルするのに45ドルもかかった。
ローブは返さなくてはいけないけれど、帽子とそれについているタッセルはもらえました。)

 娘はこの日、朝9時から卒業式のリハーサルに大学に行って、卒業式のリハーサルが終わったら、秋からの大学のクラスの登録のために、プレースメント・テストをうけました。
 
 テストが終わってすぐ、ローブに着替えて卒業式に参加。
「秋から通う大学が、卒業式の会場で良かった。」
と、言っていました。
朝から式の終わる夕方まで、大学にずっといたことになって、娘にとってはかなり忙しい日になりました。

 (←卒業式が終わって、帽子を投げる生徒たち。
小さくて見難いのだけれど、帽子がパラパラと宙に舞っています。)

 とりあえず、無事高校も卒業できて良かった。

2010年5月26日水曜日

初夏の雪!


 引越しの準備に追われているうちに、更新が延び延びになってしまいました。
 
 4月の最後の日に雪が降って、「もうこれで最後の雪になって欲しい」と書いたのに、5月24日にまた雪が降りました。

 気温が0℃前後と高かったので、霙に近い重い雪で、玄関の階段を上ったところにある木の葉に積もって枝がしなっていました。

 多分、重い雪で電線が切れたのでしょう。
午前中から午後にかけての3時間くらい停電していました。

 停電が解消して、玄関を出てみると、いつもの木の枝が雪の重みで折れてしまっていました。
 綺麗な木で、春には白い花が咲くし、秋には紅葉が綺麗だったのに残念です。

 雪の降った翌日は最高気温が20℃近くまで上がる陽気でした。
 近所の人と雪の話になって、みんなが一様に、
「5月に雪が降るなんで、ありえない。」
「今年の天気はおかしい。」
と言っていました。

 ある人は、
「5月の雪は、1977年以来だわ」
と、言っていたので、33年ぶりの5月の雪と言う事でしょうか。
 
 玄関の階段を上がったところにあった木は、遂に枝が全部切り落とされて幹だけになってしまいました。
新しい芽が出で来ると良いのですが・・・

2010年5月20日木曜日

おかしな法律


 現在、夫の住んでいる町へ引越しの準備をしています。
今まで、5年分のノートを整理して、いらないものは廃棄しているのですが、去年取った文化人類学のクラスでもらった面白いプリントが出てきたので、紹介します。

1.サボテンを切り倒したら25年間の投獄の可能性がある。
 (アリゾナ州)
 サグアロ・サボテンが絶滅の危機に瀕しているため、家を建てる時は、サボテンの生えている場所を避けて建てないと建築許可が下りないとか…
人よりサボテン優先?

2.カウチは屋外のポーチにおいてはいけない。
 (コロラド州)
 大学のフットボールのチームが優勝した時などに、カウチを燃やしてお祝いする伝統があったためだとか…  

3.子供は煙草を購入してはいけないが、吸うことは出来る。
 (イギリス)
 逆ならわかるのだけれど、子供に煙草を与える大人がいないと言う事が前提の法律?

4.自宅から外出する時は、下着を身に着けなければならない。
 (ブラジル)
 下着さえ着ていれば、他の服は着ていなくてもOK?
 水着はどうなる? 

5.参加メンバーがコスチュームを着ている組織の会合は禁止。
  (ノース・カロライナ州)
  「ハローウィン・パーティーが開けない?」
  と、思ったのだけれど、ノース・カロライナはKKK(クー・クラックス・クラン:白人優越の秘密結社)が多いためらしい。

6.ビルボード(広告の看板)は非合法である。
  (ハワイ州)
  看板は自然の景観の妨げになるので。

7.テレビを所有するには免許が必要。
  (ルーマニア)
  いつの時代の法律なんだろう?

8.ホモセクシャルとバイセクシャルは非合法で差別は許可されている。
  (タイ)
  なんか、現実とは違うような…

9.全ての公共施設のドアは外側に向かって開かなければならない。
  (フロリダ)
  日本では玄関先で靴を脱ぐので外開きのドアが普通だが、アメリカではドアは内側に開くのが普通。
  火事などで建物から非難しなくてはいけない時に、内開きのドアだとドア近くまで詰め掛けた群衆を、いったん後ろへ下がらせないと開けることが出来ないからだそう。

10.ダンス・ホールは日曜日に営業してはいけない。
  (サウス・カロライナ)

 理由を聞けば納得できるものから、どう考えてもおかしいものまで、色々で面白いです。
 
"Big Government. Small Brains. Dumb Law."(英語)には、他の「おかしな法律」について書かれています。
興味のある方は覗いてみるといいかもしれません。 
 

2010年5月18日火曜日

怪しい日本語 その4 あやうい日本語力


最近、日本語が思い出せなくなることが多い。
自宅では主に日本語で会話しているので、全く日本語が話せなくなっているわけではないけれど、 時々ど忘れして「あれ?」と思う事が増えた。

 最初に気がついたのは、和英辞典を引くとき。
私は英語のスペリングが苦手なので、意味や発音がわかっていてもスペルがわからない時は、和英辞典に日本語を入れてスペルを調べていました。

 例えば「サイコロジー」のスペルがわからない時は、和英辞典に「心理学」と入れてスペルを確かめていました。

 ところが、ここ2年位前から、今までパッと思い出せていた日本語がすぐには思い出せなくなってきて、
「『サイコロジー』って日本語でなんて言ったっけ?」
の状態に…
仕方がないので、うろ覚えのスペルを英和辞典に入力して調べることが多くなりました。

「日本にいた時も、漢字が思い出せなくて携帯のお世話になっていたんだから、度忘れも仕方がないよね。」
と、軽く考えていたのですが、今度は会話が少しずつ怪しくなってきました。

 特に、英語で話された説明や会話などを日本語に言い直す時など、メチャメチャ。
例えば、一つ前の記事の入学の手続きの会話をその場で訳した時は、

「『アカウントをつくったら、デパートメントのアカデミック・アドバイザーに会って、リクワイヤーメントをメイクシュアしてレジスターしてください。』って、言っているよ。」

 と、言われても…英語をカタカナに変えただけで、ほとんど日本語じゃないし…(^-^;

でも、こんなヘンテコな日本語でも、私と娘の間では通じてしまうのが不思議。
(怪獣の場合は、英語オンリーか日本語オンリーじゃないと通じない。)
娘も、私もかなり日本語力が危うくなってきている。

2010年5月16日日曜日

こんなんでいいの?娘の大学出願


 先週の火曜日(5/11)、娘の大学の願書を出しに行きました。

(←大学の生徒募集のパンフレットの一部。
「学位選択のアドバイスを受ける」
「正解:アカデミック・カウンセラー」
「不正解:占い師」
と書いてあって、うけた。)

 この間受けたACTのスコアの伸びがよくなかったので、オープン・エンロールメントの大学に出願する事にしました。

 

 娘のビザが今年の1月からL2に切り替わっていることと、地元の高校を卒業予定なので、留学生ではなくて、一般の窓口で出願する事になりました。
(アメリカ市民とグリーンカード保持者はオンラインでも出願できるのですが、SSNソーシャル・セキュリティー・ナンバーのない外国人は、窓口に提出に行かなければなりません。)

必要な書類(今回娘の場合は、パスポートと古いビザのコピー、新しいL2ビザへ切り替わっている事の証明の書類のコピー、高校の成績証明書、願書でした。)を窓口に提出すると、その場で学生番号(ステューデントID)が発行されて、

「コンピューターの手続きに2日くらいかかるけれど、それが過ぎたら大学のウェブ・ページにいって自分のコンピューター・アカウントを作ってください。」
「アカウントが出来たら、アカデミック・アドバイザーに会って希望の学部の必修単位の単位を確認後、クラスの登録してください。」

と、言う説明を受けて、アプリケーション・フィー(出願費用)35ドルを支払って手続き完了。

 

「えっ?それだけで入学手続きが終わり?」
「これで、秋のセメスターからは大学生?」

と、いうくらいのあっけなさ。
日本の様に入学金も払わなくていいし、あまりの簡単さに拍子抜けしてしまいました。

2010年5月12日水曜日

謎の血液型?

 アメリカに来て「良かったな」と思うことは、
日本だとかなりのデブに分類されるくらい太っていても「ぽっちゃりしているね」で済んでしまうことと、血液型を聞かれることがないことです。
 アメリカでは日本の様に血液型を調べるのが一般的ではないせいか、大人になっても自分の血液型を知らない人が結構います。
 なので、性格から血液型を推測される事はまずないです。

 

ブログネタ: 血液型、何型っぽいと言われる?参加数拍手

 私が血液型を推測されるのが苦手なわけは、「yuukiさんって、~型じゃない?」と聞いてくる人の100%が私の実際の血液型とは違う血液型をあげてくるからです。

 

一番多く聞かれる血液型は、「O型」。
人:「yuukiさん、O型でしょ?」
私:「違いますよ~」
  -以下カッコ内は心の呟きです-
  (「やっぱり、O型って言われたか。次はB型って言われるぞ」)
人:「違うの?O型っぽいと思ったんだけれど、じゃあB型?」
私:「残念ながら、B型でもないんです。」
人:「B型でもないの?おかしいな?でも、そんなに神経が細かいようにも見えないし、でも、O型でもB型でもないとすると、これしかないよな…絶対ありえないと思ったんだけれど…」
私:(「実は、その絶対ありえないと思った血液型ですらないんですけれど…」)
人:「まさか、A型?」
私:「A型ではないです。」
人:「じゃあ、なんなんだよ?」
私:(「『なんなんだよ』って、血液型はOかBかAだけじゃないでしょ・・・」)
   「AB型ですけれど」
人:「ふーん、そうなんだ。AB型って特徴がないよね。」
-その後沈黙-

 そうなんです。
つかみ所のないAB型。
AB型といえば、「二重人格」くらいしか思いつかないだろうから、
他の血液型だと世話話のネタになって盛り上がるのに、AB型だけは「謎の血液型」で、会話が続かないんです。
あまりにもマイナーな血液型なんで、
「血液型詐称をして話をあわせておこうかな?」
と、思うくらいです。
でも、緊急の時には命に関わるかもしれないので、詐称はしないけれど・・・

2010年5月10日月曜日

ファイナルグレード&教科書買戻し

 5月6日に前のセメスターの成績がインターネットで見れるようになりました。
 Geology(地質学)は余裕のAだと思っていたけれど、Biology(生物学)はファイナル・テストで取れた点数が80%(ギリギリB)だったので、良くてA-下手したらB+だろうと思っていたら、Aでした。
 
 Biologyのファイナル(期末テスト)の点数はファイナルグレード(総合の成績?)の40%を占める重要なテストでした。
 最後の1ヵ月半は、クラスの担当の教授が病気のため代理の講師が教えていたので、ファイナル・テストの直前に、
「ファイナル・テストの問題で、習っていないところが出てもパニックにならないで下さい。」
「最高得点者が満点になるように点数を調整するので、落ち着いてテストを受けてください。」
と、アナウンスがありました。

 ファイナル・テストで最高得点者が何パーセント取れたのかはわからないのですが、私が総合の成績でAがもらえたという事は、クラス全体の成績がかなり悪くてかなり下駄を履かせたのではないかと思います。
 途中で代理の講師に変わって「アンラッキー」と思っていたのですが、結果的には良い成績が取れてよかったのかもしれません。

 話は変わって…

 私の通っている大学では、セメスターのクラスが終わっていらなくなった教科書の買取りがテスト期間中にあります。
 テストが終わったらその足で、大学のブック・ストアで売らないと買取り期間が終わってしまいます。
 一方、ファイナルの結果とクラスの総合成績が見られるようになるのは、教科書の買取り期間が終わってからなので、成績が悪くて取り直しになりそうな場合は、教科書を売りたくても売れないというジレンマに陥ってしまいます。

 教科書の買取り価格は、新品で買った本を売る場合は、新品の値段の半額。
中古で買った場合はコンディションや状況によって買取り価格が決まります。
特に次のセメスターから教科書が変更になったり、改訂版が出たりすると、ほとんどタダみたいな値段でしか買い取ってくれないので、あまり値段が安いとブック・ストアに売るのはやめて、掲示板などで売る人もいます。
(タダみたいな値段で買い取られる古いバージョンの教科書でも、授業で充分使えるし、ブック・ストアでも中古の教科書よりもちょっとだけ安い値段で売られているので、需要は充分あるからです。)

2010年5月8日土曜日

高校最後の合唱コンサート


 高校の3年間、合唱のクラスを取っていた娘。
5月6日には高校最後のコンサートがありました。

 高校2年(ソフモア)の時は混声合唱に参加、高校3年(ジュニア)の時は女声合唱、高校4年(シニア)ではアカペラのクラスをとっていました。

 混声合唱と女声合唱は初心者向けのクラスで、希望者は誰でも入ることが出来るので、英語があまり出来ない留学生が多いクラスです。
ユニフォームも、白いシャツに黒のスカート(男生徒は黒のズボン)の指定があるだけで、特にレンタルをする必要もないです。

 それに対してアカペラ(上級クラス)とマディガル(最上級クラス)は、クラスを取るためにはオーディションを受けて合格しなくてはいけないし、ユニフォームも指定の業者から購入するかレンタルで借りるかしなければなりません。
(娘は背が低かったので購入しました。90ドルでした。)

 娘がオーディションを受けた時の課題曲は"America the beautiful"でした。
(リンク先の動画は「退役軍人の日」のビデオなので、軍の広告っぽいのですが歌詞が付いていたので選びました。リンクが切れていたため、2024年8月に別動画にリンク)
この曲は、American patriotic songs(愛国的な歌?)の1つで、歌詞の中で戦争の様子が歌われているアメリカ合衆国国歌"The Star-Spangled Banner"に比べると、物騒ではないし、歌詞の中に「アメリカ」と言う言葉も出てくるので、個人的には「アメリカ・ザ・ビューティフルの方がアメリカの国歌っぽい雰囲気だなぁ~」と思います。

2010年5月6日木曜日

Geology(地質学)のクラス3


 4月一杯で終わった前のセメスターは、Biology(生物学)とGeology(地質学)のクラスを取っていました。

(←Geologyのクラスで作ったスクラップブック。
小学校高学年から中学校の教材として作るのが課題でした。)

 BiologyとGeologyは専門科目ではなかったのですが、一般教養の単位で必要だった事と、転校を考えていたため、転校先の学校でも単位として認めてくれる教科がとりたかったので登録しました。


 Biologyはどこの大学でも単位として認めてくれるので、ぜひ履修しておきたい教科だったのですが、Geologyは単位として認められるかどうかがはっきりしなかったため、ビザのステータスが変わってフルタイムの学生をする必要がなくなったら、Geologyのクラスはキャンセルする予定でいました。

 私が専門科目のソーシャル・ワークのクラスをキャンセルしてまで、Geologyのクラスを残したわけは、担当の教授に一目惚れ?してしまったからです。
「一目惚れ」と言っても、見た目がハンサムとか手が好みの形とかではなくて、授業の教え方がものすごく上手でした。
(Geologyの教授の風貌は、絵本の「ウォーリーを探せ」のウォーリーを金髪にしたような風貌でハンサムとはちょっと違う感じ)

 授業の内容の説明の仕方はもちろん、パワーポイントの使い方も、声のトーンや話し方も、「これは楽しそうな授業になりそう」という予感がしたました。
 実際、自分の教えている教科の内容に精通していたし、授業は面白いし、実験もどきやモデルを使った説明もたくさんあって、セメスターを通して退屈することなく地質学の知識を学べました。

 何よりも凄いと思ったのは、生徒のレベルに合わせて教え方を変えるけれども、授業の内容を減らしたり授業目標を変更したりせずに、そのままで質を落とすことなく授業を進めて生徒の能力を引き上げる力があることでした。

 私の出席していたクラスは最初のテストで、平均点が低かったため宿題のノルマが厳しくなって、復習重視のスケジュールから予習重視型のスケジュールに切り替わりました。
2回目以降のテストでは、クラス点数の平均が大幅にUPしました。