2010年6月29日火曜日

転校手続き(怪獣)


 電化製品が壊れていたり家具がなかったりで、引越しが完全に終わって落ち着くまでには時間がかかりそうだけれど、とりあえず秋から怪獣が通う予定の学校へ転校手続きに行く事にしました。

(←最寄のミドルスクール)

 今住んでいる家から学校は近くて、徒歩圏内なので、
「お散歩がてら歩いていってみよう」
と、いうことになって、怪獣と私の3人で歩いていきました。

 朝は引越しの荷物の整理などをして、午後2時頃から遅い昼食を食べて、3時くらいから出かけました。
学校に着いてみたら、学校の建物自体は開いていたのですが、オフィス(事務所)は3時までで閉まっていました。_ノフ○ グッタリ
 
 仕方がないので、翌日出直すことに…

 翌日、今度は午前中に出かけて、オフィスは開いていたのですが、
州外からの転校は、まず最初にスクールディストリクトのオフィス(教育委員会?)に行って登録を済ませなければ出来ない。」
と、言われ、必要な書類のリストと、スクールディストリクトのオフィスへの地図を貰ったのですが、少し遠くて徒歩では行けなかったので、一度家に戻ってから車で出直す事にしました。

 転校手続きをするだけなのに、すでに2回も空振りなんて…
ちょっと幸先が良くない気がするけれど、今度こそは「3度目の正直」になるか、それとも「二度あることは三度…」になるのか…

 (長くなりそうなので、次回の記事に続けます…)

2010年6月26日土曜日

家具がない (ρ_;)


 引っ越す前にが住んでいたアパートは家具付きのマンスリーアパートだったし、私が住んでいたアパートにあった家具も半分はアパートに付いていた家具だったので、今の家に入居した時は家具がほとんどない状態でした。

 日本からの引越しの荷物は届いていたのだけれど、家具と呼べるものはシングルのベッドとマッサージ・チェアだけ、荷物のほとんどがの趣味の道具だったので、私たちが引っ越すまではは何もない家に寝に帰るだけの生活をしていたようです。

 家具のほとんどないガランとした家で住んでいる私たちを見て気の毒に思ったのか、引越しの手伝いに来てくれた夫の職場の同僚Lさん
「使わない家具を譲ってもいいという友人がいるから、紹介してあげる。」
と、言ってくれて、ソファーセットとダイニングセット、本棚、サイドテーブル等を無料で譲ってもらえました。
(これで何とか人の住んでいる家らしくなりました。)

 後は、インターネットの日本人のコミュニティーの掲示板や、craigslist(クレイグスリスト)のfor sale(日本で言う「不用品の情報交換の掲示板」のようなもの。業者が新品を出している事もあるので、全部が「不用品」とは言い切れないけれど、不用品が取引される事が多い。)で、少しずつ探して行こうという事になりました。

 特に、クレーグズリストは数が豊富で、掘り出し物もあるので、マメにチェックしています。
(世界の色んな都市ごとに掲示板が分かれていて、日本の幾つかの都市の掲示板もあります。
日本で普通に売っている家具が出ている事が多いけれど、米軍基地があるエリアからの出品にはアメリカの家具などが出ていることもあります。
アメリカの家具に興味がある人は、英語だけれど、覗いてみるのも面白いかも。)

 (↑の写真はクレーグズリストで見つけて購入したもの。
どれも中古品なので、修理が必要なものもあるけれど、新品を買うよりはかなり安かったです。)

2010年6月24日木曜日

やっと、インターネット開通


 先週の金曜日、やっとインターネットの接続工事が入りました。

 金曜日の時点で、工事が入る前までに届くはずのモデムがまだ届いていなかったので、インターネットの工事の人に、
「モデムがまだ届いていない」
と、話すと、最初は
「モデムが着いたら自分で接続して」
と、言っていました。

 何もかも対応の遅いアメリカのことなので、
「いったい何時になったら、モデムが届いてインターネットが使えるのやら…┐(´д`)┌ヤレヤレ」 
と、思っていたら…

 外の接続工事を終えた作業員が、
「手持ちのモデムがあるから、モデムの設定もやってあげる。もし、後でモデムが届いたら電話してくれれば、届いた方のモデムは取りに来るから。」
と、言ってモデムの設定もしてくれました。

 インターネットの工事が入ってから今日で6日目。
配達される予定のモデムの届く気配は全くない。
どうやら、モデムの方は郵送されていなかったみたい。
 作業員がモデムを設定していかなければ、未だにインターネットが使えなかったかも…

 アメリカに住んでもう5年になるから、慣れてきてはいるのだけれど、アメリカの企業の対応の遅さにはうんざりです。

2010年6月22日火曜日

ディッシュ・ウォッシャー


 アメリカには日本人の私には理解不能の台所用品が時々売られています。
缶の蓋を開けてくれる缶オープナーや、リンゴの皮むき器、ミキサー(泡だて器?)とボウルがセットになっていてボタン1つで何でも混ぜてくれるもの等、
日本の台所にあったら
「こんなの邪魔だろう。」
「機械にやらせないで、自分の手でやった方が速くない?」
と、思えるようなガジェット(小道具)がいっぱい。

 便利と言えば便利なのだけれど、場所を取るので日本では一般的でない物もアメリカの家庭の台所に普通にあったりします。

便利な物好きなアメリカ人のことなので、
「日本ではあまりポピュラーじゃないディッシュ・ウォッシャー(食器洗い機)も、冷蔵庫の様にどの家にも標準装備だろう
と、思っていたのですが、意外にもディッシュ・ウォッシャーの普及率は50%とかなり低いので驚きました。

 そういえば、引っ越す前の私たちの住んでいた家族向けのベースメント・アパートには付いていなかった。
家賃が安かったからだろうと思っていたけれど、どうやら家族向けのアパートにはディッシュ・ウォッシャーの付いていないところの方が多いみたい。
対照的に、独身の学生などがルーム・シェアで住むようなアパートにはディッシュ・ウォッシャーが付いているところのほうが多いです。
独身学生のアパートにディッシュ・ウォッシャーがないと、汚れた皿が台所に山積みになった挙句、誰が洗うのかでトラブルになる事を大家が見越してのことだろうと思われます。



追記:

 ちなみに、アメリカのディッシュ・ウォッシャーは馬鹿でかい。
フライパンや鍋も食器と一緒に洗える大きさがあります。
我が家では、包丁などのディッシュ・ウォッシャーに入れられない物を除いて、1日分の食器と調理器具を寝る前にディッシュ・ウォッシャーに放り込んで洗っています。

 この便利さに慣れたら、ディッシュ・ウォッシャーのない生活なんて洗濯機のない生活以上に考えられないのにどうして普及率が50%なんだろうか?
と、不思議。
自分で食事を作るよりファースト・フードでテイクアウトする方が安いこともあるアメリカでは、調理器具や食器なんてなくても生活できてしまうからなのだろうか?

2010年6月19日土曜日

洗濯機&乾燥機故障


 引っ越した先の家は1970年代後半に建てられた中古住宅です。
日本だと築30年以上の家は住宅の価値はほとんどなく、土地だけの値段で取引されるかなり古い住宅と言うイメージですが、アメリカでは築30年の家は比較的新しい部類に入ります。

 内装や外装をこまめにリフォームして新しい機器などを付け加えていけば、かなり古い家でも新築の家とほぼ変わらない値段で取引されます。
そのためか、アメリカでは持ち家の手入れやリフォームを定期的にやる人が多いです。
(庭の手入れも含めると、一年中手入れかリフォームをしている状態です。)

 リフォームが盛んなアメリカで、我が家が引っ越したのは、正真正銘の築30年越えの中古住宅
屋根とヒーターと給湯タンク以外は、ほぼ建築当時のまま
家に備えつけてあった冷蔵庫も調理器具も洗濯機や乾燥機も、多分新築当時に購入したものではないかと思われるようなものでした。

 使ってみると、調理器具と冷蔵庫は使用可能だったのですが、洗濯機と乾燥機は故障?(多分寿命だと思う)している事が判明
洗濯機はすすぎの時にドラムが動かないし(水を溜めて排水するだけ)、乾燥機は5時間くらい回さないと洗濯物が乾かないうえに、タイマーが壊れていました。
どちらも使おうと思えば使えないことはない(洗濯機は「洗い」を2回繰り返してすすぎの代わりに出来るし、乾燥機は5時間回せば良い)けれども、電気代と水道代を考えるとなるべく早く買い換えた方がよさそう。 

引越しでお金が飛んでいったばかりなのに…(つд⊂)エーン

 

と、言うわけで、新しい洗濯機と乾燥機に買い換えるまでは、とりあえず洗濯だけして乾燥は部屋の中ですることにしました。
日本と違って乾燥しているので、部屋のクロゼット(作り付けの洋服ダンス)に吊るしてクロゼットを開けておけば乾く。
バスタオルなどの大物は、ホワイエ(玄関ホール?)の階段の手すりに干す事になりました。

(↑よそいき顔のホワイエ)

ホワイエは家に入って最初に目にする場所なので、その家の「顔」なのに…(T_T)

 半円型に伸びた階段と手すりが上品な感じで綺麗だったのに…
バスタオルを干すと、晴れた日の集合住宅のバルコニーのような感じ。
(洗濯物の干されていない時はおしゃれな感じだけれど、洗濯物があるだけで一気に生活感が…というか、これで布団を干せば洗濯物干し台以外の何物でもでもない状態)

 玄関を開けると生活感が前面に出てお出迎え、お客様を迎えるよそいき感が全くなくなってしまった。

(↑洗濯物の干された生活感たっぷりのホワイエ)

そういえば、私の実家の階段(玄関を入ってすぐの所にホワイエのような吹き抜けの階段があった)も雨の日に洗濯物を干すのに使われていたっけ。

雑誌やモデルルームのようなおしゃれな階段を維持するには、やはり乾燥機が不可欠なのだろうか?

2010年6月16日水曜日

ナチュラルハウス


 こちらに着いてすぐ、インターネットと電話の接続を申し込んだのですが、どうしたわけか、電話のみの工事が来て、インターネットの工事は来なかった。

 夫のワイヤレスも、新居では接続が不安定で使えない日もあったりして(会社と前に済んでいたアパートでは問題なく使えたらしい)、約10日ぶりの更新になります。

 アメリカ大陸ほぼ横断引越しを、たったの2日で強行した我が家。
引越し先は、夫の会社の隣の市の築30年を超えの中古住宅。
到着した時は深夜だったため、真っ暗で何も見えなかったのですが、翌朝起きて窓から庭を眺めると、何か動くものが庭を横切っていきます。

 「何だろう?」
と、思ってよく見ると、リスや鳥やウサギでした。

(←玄関先に出没した鳥とリス)

 特にリスや鳥は近所の家で餌台を庭に置いてある家があったりして、人間になれているせいか、結構ドアや窓の近くまで寄ってきます。

 元々は森だったところを切り開いて住宅地にしたらしく、時々鹿なども庭に出没します。

 (←リビングの窓からお隣の庭を眺める猫たち。
鳥やリスが庭を横切るので、何時間でも眺めている。)

 昆虫も沢山いるし、動物も頻繁に室内から眺められるので、怪獣
「ここって、ナチュラルハウスか何かじゃない?」
と、キャンプか林間学校に来た気分。
 猫たちは、窓から庭に出没する小動物を眺めて興奮気味。

 引越し前に住んでいた市(ロッキー山脈の麓でかなりの田舎。その代わり自然や景色はナショナルパーク並み)に比べると、人口も多いしメトロポリスの郊外ということで、もっと都会で殺伐とした感じだと思っていたので、今住んでいる家の周りに自然がいっぱいで静かな環境なので、ちょっとホッとしている所です。 

2010年6月7日月曜日

約2000マイルの大引越し


 6月に入って初めての更新です。

 去年の秋にがアメリカ転勤になって以来、は北アメリカ大陸の東部に、私と子供たちは西部に住んでいました。
子供たちの(特に娘の)学年が終わって、夏休みに入ったので、の住む州に引っ越すことにしました。 

(←ユタ州からワイオミング州へ向かう、ロッキー山脈越えのルート。)

 日本からが転勤した時には、引越しの費用を会社が出してくれたのですが、今回の私たちの引越しの費用は自腹だったので、レンタルトラックを夫が運転して荷物を運び、今使っている乗用車を私が運転していくことになりました。

(←多分、ネブラスカ州かアイオワ州に入ったばかりのところ。
ロッキー山脈を越えると、あとはひたすら平坦な草原が続く。)

 (←ナショナル・パーク巡りが趣味の我が家、引越しの途中で車の走行距離のメーターが11万1千1百11マイルのぞろ目になったので、運転しながら撮影しました。)

 日本に住んでいる友人には、
さんが住んでいる町に引越しなの?アメリカ国内だから、日本から引っ越すより近いわよね。」
と、言われるのですが、
直線距離で約1700マイル(2720km)、実走距離は約2000マイル(3200km)近い長距離移動。

 6月3日に、アメリカ大陸ほぼ横断の引越しに出発した我が家。
1日当り15時間近くのドライブの末、6月4日の深夜(正確には、6月5日の午前2時ごろ)やっとの住む町に到着しました。  

2010年5月31日月曜日

高校の卒業式2010(娘)


  先週の木曜日、5月27日、はの高校の卒業式でした。
卒業生が400名近くいるので、卒業生と教師、家族を高校のホールに収納することが出来ないので、近くの大学(が秋から通う予定の大学)のアリーナ?で卒業式が執り行われました。
 
 アメリカの映画などでは、卒業式のローブの色は黒ですが、実際の卒業生が着るローブの色はその学校のスクールカラーです。

 の学校のスクールカラーはオレンジなのですが、卒業式で着るローブの色は男子生徒が、女子生徒は白でした

 (←ローブの後姿。袖が緩やかで、黒かったらハリー・ポッターのスネイプ先生の着ているローブのような形です。
このローブをレンタルするのに45ドルもかかった。
ローブは返さなくてはいけないけれど、帽子とそれについているタッセルはもらえました。)

 はこの日、朝9時から卒業式のリハーサルに大学に行って、卒業式のリハーサルが終わったら、秋からの大学のクラスの登録のために、プレースメント・テストをうけました。
 
 テストが終わってすぐ、ローブに着替えて卒業式に参加。
「秋から通う大学が、卒業式の会場で良かった。」
と、言っていました。
朝から式の終わる夕方まで、大学にずっといたことになって、にとってはかなり忙しい日になりました。

 (←卒業式が終わって、帽子を投げる生徒たち。
小さくて見難いのだけれど、帽子がパラパラと宙に舞っています。)

 とりあえず、無事高校も卒業できて良かった。

2010年5月26日水曜日

初夏の雪!


 引越しの準備に追われているうちに、更新が延び延びになってしまいました。
 
 4月の最後の日に雪が降って、「もうこれで最後の雪になって欲しい」と書いたのに、5月24日にまた雪が降りました。

 気温が0℃前後と高かったので、霙に近い重い雪で、玄関の階段を上ったところにある木の葉に積もって枝がしなっていました。

 多分、重い雪で電線が切れたのでしょう。
午前中から午後にかけての3時間くらい停電していました。

 停電が解消して、玄関を出てみると、いつもの木の枝が雪の重みで折れてしまっていました。
 綺麗な木で、春には白い花が咲くし、秋には紅葉が綺麗だったのに残念です。

 雪の降った翌日は最高気温が20℃近くまで上がる陽気でした。
 近所の人と雪の話になって、みんなが一様に、
「5月に雪が降るなんで、ありえない。」
「今年の天気はおかしい。」
と言っていました。

 ある人は、
「5月の雪は、1977年以来だわ」
と、言っていたので、33年ぶりの5月の雪と言う事でしょうか。
 
 玄関の階段を上がったところにあった木は、遂に枝が全部切り落とされて幹だけになってしまいました。
新しい芽が出で来ると良いのですが・・・

2010年5月20日木曜日

おかしな法律


 現在、夫の住んでいる町へ引越しの準備をしています。
今まで、5年分のノートを整理して、いらないものは廃棄しているのですが、去年取った文化人類学のクラスでもらった面白いプリントが出てきたので、紹介します。

1.サボテンを切り倒したら25年間の投獄の可能性がある。
 (アリゾナ州)
 サグアロ・サボテンが絶滅の危機に瀕しているため、家を建てる時は、サボテンの生えている場所を避けて建てないと建築許可が下りないとか…
人よりサボテン優先?

2.カウチは屋外のポーチにおいてはいけない。
 (コロラド州)
 大学のフットボールのチームが優勝した時などに、カウチを燃やしてお祝いする伝統があったためだとか…  

3.子供は煙草を購入してはいけないが、吸うことは出来る。
 (イギリス)
 逆ならわかるのだけれど、子供に煙草を与える大人がいないと言う事が前提の法律?

4.自宅から外出する時は、下着を身に着けなければならない。
 (ブラジル)
 下着さえ着ていれば、他の服は着ていなくてもOK?
 水着はどうなる? 

5.参加メンバーがコスチュームを着ている組織の会合は禁止。
  (ノース・カロライナ州)
  「ハローウィン・パーティーが開けない?」
  と、思ったのだけれど、ノース・カロライナはKKK(クー・クラックス・クラン:白人優越の秘密結社)が多いためらしい。

6.ビルボード(広告の看板)は非合法である。
  (ハワイ州)
  看板は自然の景観の妨げになるので。

7.テレビを所有するには免許が必要。
  (ルーマニア)
  いつの時代の法律なんだろう?

8.ホモセクシャルとバイセクシャルは非合法で差別は許可されている。
  (タイ)
  なんか、現実とは違うような…

9.全ての公共施設のドアは外側に向かって開かなければならない。
  (フロリダ)
  日本では玄関先で靴を脱ぐので外開きのドアが普通だが、アメリカではドアは内側に開くのが普通。
  火事などで建物から非難しなくてはいけない時に、内開きのドアだとドア近くまで詰め掛けた群衆を、いったん後ろへ下がらせないと開けることが出来ないからだそう。

10.ダンス・ホールは日曜日に営業してはいけない。
  (サウス・カロライナ)

 理由を聞けば納得できるものから、どう考えてもおかしいものまで、色々で面白いです。
 
"Big Government. Small Brains. Dumb Law."(英語)には、他の「おかしな法律」について書かれています。
興味のある方は覗いてみるといいかもしれません。 
 

2010年5月18日火曜日

怪しい日本語 その4 あやうい日本語力


最近、日本語が思い出せなくなることが多い。
自宅では主に日本語で会話しているので、全く日本語が話せなくなっているわけではないけれど、 時々ど忘れして「あれ?」と思う事が増えた。

 最初に気がついたのは、和英辞典を引くとき。
私は英語のスペリングが苦手なので、意味や発音がわかっていてもスペルがわからない時は、和英辞典に日本語を入れてスペルを調べていました。

 例えば「サイコロジー」のスペルがわからない時は、和英辞典に「心理学」と入れてスペルを確かめていました。

 ところが、ここ2年位前から、今までパッと思い出せていた日本語がすぐには思い出せなくなってきて、
「『サイコロジー』って日本語でなんて言ったっけ?」
の状態に…
仕方がないので、うろ覚えのスペルを英和辞典に入力して調べることが多くなりました。

「日本にいた時も、漢字が思い出せなくて携帯のお世話になっていたんだから、度忘れも仕方がないよね。」
と、軽く考えていたのですが、今度は会話が少しずつ怪しくなってきました。

 特に、英語で話された説明や会話などを日本語に言い直す時など、メチャメチャ。
例えば、一つ前の記事の入学の手続きの会話をその場で訳した時は、

「『アカウントをつくったら、デパートメントのアカデミック・アドバイザーに会って、リクワイヤーメントをメイクシュアしてレジスターしてください。』って、言っているよ。」

 と、言われても…英語をカタカナに変えただけで、ほとんど日本語じゃないし…(^-^;

でも、こんなヘンテコな日本語でも、私との間では通じてしまうのが不思議。
怪獣の場合は、英語オンリーか日本語オンリーじゃないと通じない。)
も、私もかなり日本語力が危うくなってきている。

2010年5月16日日曜日

こんなんでいいの?娘の大学出願


 先週の火曜日(5/11)、の大学の願書を出しに行きました。

(←大学の生徒募集のパンフレットの一部。
「学位選択のアドバイスを受ける」
「正解:アカデミック・カウンセラー」
「不正解:占い師」
と書いてあって、うけた。)

 この間受けたACTのスコアの伸びがよくなかったので、オープン・エンロールメントの大学に出願する事にしました。

 

 のビザが今年の1月からL2に切り替わっていることと、地元の高校を卒業予定なので、留学生ではなくて、一般の窓口で出願する事になりました。
(アメリカ市民とグリーンカード保持者はオンラインでも出願できるのですが、SSNソーシャル・セキュリティー・ナンバーのない外国人は、窓口に提出に行かなければなりません。)

必要な書類(今回の場合は、パスポートと古いビザのコピー、新しいL2ビザへ切り替わっている事の証明の書類のコピー、高校の成績証明書、願書でした。)を窓口に提出すると、その場で学生番号(ステューデントID)が発行されて、

「コンピューターの手続きに2日くらいかかるけれど、それが過ぎたら大学のウェブ・ページにいって自分のコンピューター・アカウントを作ってください。」
「アカウントが出来たら、アカデミック・アドバイザーに会って希望の学部の必修単位の単位を確認後、クラスの登録してください。」

と、言う説明を受けて、アプリケーション・フィー(出願費用)35ドルを支払って手続き完了。

 

「えっ?それだけで入学手続きが終わり?」
「これで、秋のセメスターからは大学生?」

と、いうくらいのあっけなさ。
日本の様に入学金も払わなくていいし、あまりの簡単さに拍子抜けしてしまいました。