2016年7月19日火曜日

Mablehead半島周辺

 前回の記事のMablehead Lighthouseはエリー湖畔のMablehead半島にある。
 灯台の周辺はレイクハウス(湖に面した別荘)やヨットやボートなどのマリナーも多く、夏の観光地という感じだった。

(↑車窓から見た風景。
奥の茶色っぽい部分が小麦畑)

 湖に面していない場所は、農地が広がっていたけれど、シダー・ポイントのあるサンダスキー湾の対岸とは違って寂れた感じで、休耕地も多かった。

(↑トウモロコシ畑)

 延々と続く休耕地やトウモロコシ畑や小麦畑や牧草地の中を走っていると、発電所の冷却棟らしきものを発見。

(↑冷却塔)

 この間、ミシガンシティーに行った時に、同じような形の冷却棟を見かけて、原子力発電所か?と、疑ったら、石炭火力発電所だったので、今度はどうなのだろう?
と、思いながら近づいて行くと…


(←発電所の看板
ブルーの帯のところに、原子力発電ステーションと書かれている。)

 やっぱり、原子力発電所だった…
敷地の中には入れなかったけれど、電力会社の建物?横の駐車場で看板を撮影した。
 土曜日だったためか、誰もいなかったけれど…

(↑シーフードのお店)

 灯台の帰りには、シーフードのお店で遅い昼食をかねて早い夕食にした。

(←生牡蠣)

 シーフードにしたのは、怪獣が海老・蟹・貝のアレルギーで、自宅では作ることがないので、自分が作らない外食の時くらいは海老や貝が食べたかったから。

(←カラマリ:烏賊の唐揚げ)

 幸い、怪獣は魚と烏賊と蛸は大丈夫なので、魚は食べられるし、シーフードレストランでも肉類は置いてあるので、魚か肉を注文すればいいだろうということになった。

(←ロブスターについてきた、クラムチャウダー・スープ)

 前菜には、生牡蠣(私と夫用)、カラマリ(みんなで分ける用)を注文。

 メインの食事は私はロブスター(テイル)、怪獣はサーモン・バーガー、夫はメカジキのステーキを注文した。

(←ロブスターテイル)

 ロブスターにはつけ合わせ2種類か付け合わせ1種類とスープ1種類から選べたので、付け合わせでアスパラガスとスープはクラムチャウダーを選んだ。

(←サーモン・バーガー)

 怪獣が注文したサーモンバーガーはつけ合わせは1種類選べたので、ハッシュポテトを選んでいた。
 バーガーだったにも関わらず、ボリュームが物凄く多くて、普段食欲旺盛の怪獣ですら、持て余すくらいの量だった。

(←メカジキのケージャンスパイス焼き)

 夫の注文したメカジキはつけ合わせが2種類選べて、フライドライス(焼き飯?)とハッシュポテトを選んでいた。

 夫が食べ始めて暫くして、ウェイトレスがメカジキの焼き方を間違ったからと、注文した焼き方のメカジキとフライドライスのお皿を持ってきてくれた。

(←デザートのキーライム・パイ)

 夫も他の家族も全く気が付いていなかったけれど、夫の食べていたメカジキは、ケージャンスパイスで焼いたものだったらしい。
 お店の間違いなので、間違った料理はそのまま召し上がってください、とのことだった。

 v(^^*) ラッキー~

 デザートはキーライムパイを選んだ。

 その日は昼ご飯を食べていなかったので、量は多かったにも関わらず、残さずに殆ど完食。
 あれだけの量を食べたら、さすがに家に帰っても夕食を食べようとは思えなくて、夕食なしで済んだので、私は食事の準備をせずに済んで楽だった。

 

 

2016年7月17日日曜日

Lighthouse(灯台)24
-Mablehead Lighthouse-

 6月の最後の土曜日に、オハイオ州立公園内にあるMarblehead Lighthouseに行ってきました。

 Marblehead Lighthouseは1821年に建造、当初は50フィート(約15.2m)の高さで11週間の工期で建設された。
 1902年に更に15フィート(4.5m)上部に延長された。

 ランタンルームにあがるための階段の段数は77段。
 電化されるまでは灯台守が毎日10ガロン(37リットル)の鯨油をバケツに入れて運びあげていたそう。

(↑ランタンルームの内部、真ん中の三角の部分が光源)

 現在の光源はLEDで、他の灯台のように大きなレンズもなく、普通の電球くらいのサイズだった。

(↑塔の上から下をみたところ)

(↑塔の上からの眺め)

(↑塔の上から、シーダー・ポイントが見えた)

(↑塔の上から見た灯台守の住居の復元?)

 オリジナルの灯台守の住居は2マイル(3.2㎞)離れた所にあったが、灯台の周りを公園として整備する際に、灯台の保護団体が灯台の横に建てたもの。
 中は現在資料館になっているが、私たちが行った時はお休みだった。

(↑沿岸救助のステーションの建物の実物大レプリカ)

 公園の敷地内には沿岸救助のステーションの建物の復元?された建物もあった。
公園のために建てられた建物で、実際の救助にはつかわれていない。
 建物の湖側のドアに、救助船を出すためのレールが敷かれているが、湖には繋がっていなかった。

 

2016年7月14日木曜日

図書館で勉強&ポケモンGO


 5月のはじめに、春学期が終わって夏休みに入った怪獣。
 5月の下旬(24日ころ?)から、図書館でグループ勉強室を借りて、月曜日から金曜日の朝の二時間親子で勉強している。

 前半の1時間はリーディング。
(現在、怪獣は『パーシー・ジャクソン』シリーズを読んでいて、私は『Time Warpped』を読んでいる。)
 後半はライティング(エッセイを書く練習)をしている。

(←ハリーポッターシリーズの8作目の宣伝の看板
2016年7月31日に前編と後編が同時発売らしい。)

 6月の後半になった頃から、公立の学校が夏休みに入って、図書館でもイベントやお知らせの案内板が沢山掲示されるようになったし、学齢の子供や一緒に勉強する(多分)親子連れも多く見かけるようになった。

 インデペンデンスデーのお休みが明けた頃から、図書館や図書館の周りをスマホを持ってうろつくティーンエイジャーが増えた。

 中には何もない所で立ち止まって写真を撮っているように見える子もいたりして、こんな所で写真を撮って何をしているのだろうと不思議に思っていた。

(←怪獣のスマホに入っているポケモンGOのアプリのアイコン:左の端の一番下のアイコン)

 やっと今週、それらの謎の行動が『ポケモンGO』というGPS(位置情報)を利用したゲームをプレイしていたからだということが判明。

 怪獣も既にアプリをスマホにダウンロード済みだったので、ゲームの画面を見せてもらって、いくつかはスクリーンショットで撮ってもらいました。

 『ポケモンGO』は、アプリもプレイも基本的には無料で、課金制の特殊アイテムなども配信予定らしいです。

(←地図上にポケストップや近くにいるモンスターが表示される。
写真はポケストップのサイン)

 ポケストップというポイントでは、モンスターボールやアイテムを手に入れることができるらしく、地図に表示された場所と実際の場所の写真を頼りにポイントに辿り着いて、場所の画像をスワイプすると、スマホの画面にアイテムが表示されるので、アイテムをタップして入手。

 図書館など、公共の施設の周りにはポケストップが多いらしく、勉強が終わって図書館の周りを散策してみたら、建物の周りだけで4カ所くらいのポケストップがあった。

(←図書館の勉強室の中でキャタピーを発見!)

 ポケモンが近くにいると、スマホがバイブレートするので、画面をチェックするとカメラに写った背景に、ポケモンが表示される。

 画面の下に出ているモンスターボールをモンスターにめがけてスワイプして投げると、モンスターをゲットできる。
(図書館で立ち止まって写真を撮っているようにみえたのは、モンスターボールをスワイプしているところだったらしい。)

 うまく投げられなかったり、時間がかかりすぎると逃げられるし、中にはモンスターボールをかわすモンスターもいるみたい。

(←ポケモンのゲットに成功した瞬間)

 ポケモンの捕獲に成功すると、ポケモン図鑑に記録されて、捕まえたポケモンのレベルなどのデータの画面が表示される。

 

 今までのポケモンのゲームと同じように、捕まえたポケモンは進化させたり、交換したり、トレーナーのレベルが上がるとジムに出入りして、ジムで他のトレーナーのポケモンとバトルさせることもできるらしい。

(←捕獲に成功したコダックのデータ画面)

 

 今までのゲームとは違う点は、ゲームの中だけの架空の場所ではなくて、地図で表示された現実の場所に実際に自分で歩いて行ってポケモンをゲットするという、リアルの世界とバーチャルの世界の混ざったところが、このゲームの面白いところだと思う。

 図書館の帰りに怪獣と一緒に歩いていたら、2人組や3人組の10代の子がスマホを片手に、歩いているのとすれ違った。

 中には自転車で回っている子もいたし、「ポケモンGO?」と声をかけてくる子もいた。

(←図書館の近くの遊歩道を歩くプレーヤーたち)

 スマホの地図を見ながら歩くグループが一杯で、いつもは静かな図書館の周りが、いきなり有名な観光スポットになったような感じでにぎわっていた。

 図書館の近くの小さな広場に、ポケモンジムがあるらしく、その周辺でうろついている子がかなり多かった。

 配信されてまだ間もないのにかなりの人気の様で、アクセス過多で時々サーバーが止まってしまうことも…

(←アクセス過多でサーバーの応答待ちの画面)

 同じ場所でも夜と昼では捕まえられるポケモンの種類が違うといううわさがあって、夜出歩く人もいるみたい。

 また、位置情報に使うGoogleのアカウントの個人情報やその他の個人のアカウントの個人情報の保護の問題や、ポケモンGOを利用して、ポケモンやアイテムを取りに来るプレーヤーを待ち伏せて、銃で脅して強盗を働く事件が早くも起きていて、楽しいだけじゃないトラブルも多発中の模様。

 この夏は、スマホ片手に歩き回るポケモントレーナーをどこに行っても見ることができそう。

 私にとっては、普段会話のない怪獣と会話できるチャンスなので、このゲーム有難いんだけれどなぁ…

 

 

2016年7月11日月曜日

七夕2016

(↑七夕のテーブルコーディネート)

 今年は七夕の夕食にちょっとしたテーブルコーディネートでお祝いした。

(↑大根おろしと鮭ときのこの冷たい素麺)

 七夕ということで、メインは素麺。
素麺の上に具を乗せて、麺つゆをかけた冷たい素麺にした。

(↑納豆とオクラ)

 副菜は、納豆オクラ、野菜のかき揚げ、鶏の照り焼き。
夫は納豆が嫌いなので、夫の分は納豆なしのオクラのみにした。

(↑玉葱と人参とベルペッパーのかき揚げ)

(↑鶏の照り焼き)

(↑一人分の盛り付け)

 デザートは星空をイメージした2色ゼリーにした。

(↑ゼリーにホイップクリームを乗せたところ)

2016年7月8日金曜日

独立記念日2016


 7月4日はアメリカのインデペンデンスデー(独立記念日)。

(←旧マサチューセッツ州会議事堂。星条旗の下がっている2階のバルコニーで独立宣言が読み上げられた。)

 今年は7月4日が月曜日にあたったので、土曜日から月曜日までの3連休になった。
 金曜日や火曜日に休みを取って、5連休にする人が多いのか、金曜日の朝から道路はガラガラだった。

(←7月2日耕す前の家庭菜園)

 周囲はインデペンデンスデーで盛り上がっている?が、我が家のインデペンデンスデーとその付近の週末といえば、恒例の庭仕事もしくはDIYで改装。

 今年も例年に漏れず、7月2日の土曜日は家庭菜園の定植の準備のために丸2年放ったらかしていた菜園を耕す作業と地下室の棚作り。

(←7月4日、直ったスプリンクラー)

 7月4日は、スプリンクラーの(配線の)修理、去年に仮に舗装したガレージわきの庭の通路の舗装のやり直しのための下準備、と家の改装や修理のDIYに必要なものの買い出し。

(←裏庭に張った、父の日のセールで買ったばかりのテント)

 4日の夕方からは、夏休みにキャンプデビューをしたいということで、キャンプに必要な道具や持ち物を調べるために、裏庭でテントを張ってなんちゃってキャンプを決行。

 7月5日の朝から昼は、ガレージわきの通路部分の埋設スプリンクラーのオフセット作業と、地下室のベーストリムと棚作りの続きの作業。
(それにプラスして、夫は調子が悪いミニの原因を探すためにガレージであれこれやっていた。)

 5日の夕方からは、家庭菜園に野菜の苗を定植した。

(←7月4日、夕食に食べたハンバーガーのパティを焼いているところ)

 今年はテロの影響もあってか、地域でインデペンデンスデー当日のイベントは少なく、イベントがあっても、前の週の週日にバラバラに催されていた。
 そのせいか、自宅で花火を上げて楽しむ家が去年に増して多かった。

(←7月5日の朝のデッキ。
 デッキの上に降ってきた昨夜のお向かいさんの家の花火のカス)

 今年はお向かいさんが家庭用の打ち上げ花火を何発も打ち上げていて、間近で打ち上げ花火が見れたのはよかったけれど、花火のカスが我が家の裏庭にまで降り注いで、買ったばかりのテントに火の粉で穴が開かないかしら?と心配になった。

(←7月5日、定植の終わった野菜の苗)

 この記事のタイトルをインデペンデンスデー2016にしようかと思ったのだけれど、今年は映画『インデペンデンスデー』の続編がでるので、その映画と(検索エンジンに)混同されたら面倒なので、独立記念日にした。
 映画『インデぺンデンスデー』の話になっちゃうのだが、ウィル・スミスは出演料が高額なため続編には採用されなかったらしい。
なんでも、ウィル・スミスが演じていたヒラー大佐は、2007年の戦闘機の使用運転時の事故で亡くなった設定になっているとか。
 それにしても、ウィル・スミスの出演しない『インデペンデンスデー』ってどうよ?という感じはする。
 ディズニーの作った『スターウォーズ』みたいなものなのかなぁ…

2016年7月5日火曜日

Time Warped(脳の時間旅行:なぜ時間はワープするのか)


 ひとつ前の記事を書いていて、私たちが(時計ではかる)時間という概念を理解する(獲得する)のはいったい何歳くらいなのだろうか?

 もう少し年齢上がって時計が読めるようになっても、大人が時間と認識している(時計ではかる)時間の存在に気が付くのはいつなのだろうか?

 時間は一定の間隔で一方方向(過去から未来に向かって)進んでいるという(私たちの社会で共通の)認識が定着するのはいつなのだろうか?

 など、時間の感覚(知覚)について、色々考えていたら、時間の知覚に関する面白そうな本を見つけたので、図書館でかりて(この記事を書いている時点で)読んでいる最中。

 本の題はTime Warped(原題)で、日本語訳の題は『脳の時間旅行:なぜ時間はワープするのか』。
 著者はクラウディア・ハモンドで日本語訳者は渡会圭子。
 ジャンルは一般向けのサイエンス本です。

目次は、

◎はじめに : なぜ時間はワープするのか

◎第1章 : 時間の錯覚
・時間のいたずら ・うつ病になると時間がゆがむ
  ・体温が高いほど、時間の流れが遅くなる ・クロノスタシス

◎第2章 : 脳の中の時計
・内的時計を探る冒険 ・昼休み前なのに一日の仕事が終わったと思う男
・感情とリズム ・脳は自分で時間を計っているのか

◎第3章 : 月曜は赤い
・混乱した時間地図 ・SNARC効果
・言語が時間の感じ方を変える? ・時間が動く派? 自分が動く派?
・時間を巻き戻す

◎第4章 : なぜ年をとると時間の流れが速くなるのか
・トータル・リコール(完璧な記憶) ・望遠鏡ごしの人生
・時間タグのついた記憶 ・一〇〇〇日が転換点
・思い出の隆起 ・ホリデー・パラドックス(予期と追想)

◎第5章 : 未来を思い出す
・イヌは来週のことを想像できる? ・起こらなかったことの記憶
・人間の知性の極致 ・最高と最悪
・楽観的な思い込み ・幸せになる時間志向 ・時間の深さ

◎第6章 : 時間の流れを変える
・課題(1) 時間の流れを遅くするには?
・課題(2) 時間の流れを速くするには?
・課題(3) やることが多すぎて時間がないときは?
・課題(4) 先の計画が立てられない場合は?
・課題(5) いつの出来事か、より正確に思い出すには?
・課題(6) 将来を心配しすぎないためには?
・課題(7) 今この時を生きるためには?
・課題(8) 将来、どう感じるかを予測するには?

(↑目次はアマゾンより引用)

 まだ第2章を読み終えて3章を目を読んでいるところなので、本全体についてはコメントできないのですが、1章と2章では、
 熱の出ている間は時間の感覚が違うんじゃないかと考えた学者が病気で寝ている妻の体温を測って、60秒数えてもらって実際の時間をストップウォッチで計るという実験を妻が病気の間48回もやった話や、
 光の届かない氷河の下の洞窟で、時計を持たずに一人で2か月間生活したらどうなるかという実験など、
 時間と私たちの知覚についての研究やトリビアがちりばめられていて、発達障害者の時間の知覚の例もあったりして、興味を持ちながら読める作品だと感じています。

 英語(原文)で読んでいるので、日本語訳がどうかはわからないのですが、日本語訳でのアマゾンのレビューを見ると高評価と低評価にバラつきがあるようです。

 

 

おまけ:私が英語の本を読む時の癖

 この本は一般向けにしろサイエンスの本だからなのか、The Rosie Project(日本語訳は『ワイフ・プロジェクト』)などの小説系の本と比べると読むのに時間がかかっています。

 著者がイギリス人で、イギリス英語で書かれていることもあるのだろうけれど、心理学系や脳神経学系の用語や他の学問の用語などが多く、おまけに大学を休学して6年も経っている私は、「聞いた事はあるけれど、なんて意味だったけ?」という単語が多くて、辞書を引き引き読んでいるからだと思います。

 私がわからない単語の多い本を読む時は、その本だけのための単語帳を作ることがあります。
 本来私は単語帳を作って単語だけ覚えるのは苦手で、語彙を増やすために単語帳を作ることはないのですが、わからない単語の多い本を読む時は、アルファベット毎にカードを作って、単語と意味を書いたその本を読むための辞書みたいなものを作ります。

 小説にしても、エッセイにしても、その本の著者が好んで使う単語や言いまわしなどがあるので、初めの1~2章は1ページあたり調べる単語の数は多くなりますが、章が進んで行くと、作った単語帳を見れば辞書で調べなくても済むことが多いからです。

 その本を読むためだけの単語帳なので、読み終わったらその単語帳を見返すことはないです。
 本を読み終わったらお払い箱なので、無駄といえば無駄なのだけれど、私は一度引いた単語を覚えておくことができないので仕方がないです。

2016年7月2日土曜日

伸び縮みする時間
(発達障害と時間の感覚)


 (この記事を書いている時点で)ここ2週間ばかり、地下室の改装の記事のための写真画像の整理をしていた。
 画像の加工が終わり次第、説明の文章を書き溜めて、最後の記事を書き終わり次第毎日更新で一気にシリーズを進めて行こうと思っていたのだけれど、あまりにも画像が多くて整理しきれないし、毎日更新したとしても、丸1か月くらいかかりそう。

 画像の整理のために書き溜めていた軽めの記事も底をついてきたし、夏至の夕食に冷たいデザートを作りまくったおかげで更に記事を仕上げる時間がなくなってしまった。

 6月頭頃、ブロ友さんに
「発達障害と時間の感覚について書くね~」
と、コメントしていたのに、駄記事(軽めの記事)の連続になってしまっているので、改装の記事は諦めて今日は『伸び縮みする時間』について書こうと思います。 

 伸び縮みするといっても、アインシュタインの相対性理論のような高度な物理学の話ではなくて、私たちが感じている時間の感覚についてのお話。

 私たちは日常的に時間の流れが遅くなったように感じたり、逆に速くなったように感じることがある。

 今年の2月に高速道路を走行していたら車が突然滑ってスピンし始めたことがあった。
高速道路の幅全部を使って左右に振れながら約1回転半したのだけれど、スピンしているほんの数秒だったのだろうけれど、スローモーションのようにゆっくり時間が過ぎていくように感じた。

  また、娯楽の時間など楽しいことをやっている時間は、あっという間に過ぎるように感じるし、宿題などの退屈なやっつけ仕事をしている時は、時間がゆっくり進むように感じる。
 間近に迫った締め切りに間に合わせようと仕事をしている時は、時間が飛ぶように過ぎていくように感じるのに、締め切りが終わって後で振り返ると、(1日が1週間くらいだったような感覚で)長い期間働いたように感じる。

 実際の時間は伸びたり縮んだりしていないのに、私たちの時間の経過に対する感じ方って、置かれた状況や気分によって変化しているように見える。

 また、時間にルーズな人(国)と几帳面な人(国)がいるように、個人(文化)によって(それぞれが進み方の違う時計を持っているような感じで)時間に対しての知覚の精度が違うように思える。

( そもそも、時間自体が概念的なもので、私たちが集団で生活していく便宜上『時計』という道具で計られているだけで、もしもこの世に自分しか存在しなかったら時計なんて必要ないはず。)

 限りなく発達障害の疑いの強い夫と生活していると、私と夫の時間の概念や知覚の違いを痛感させられる出来事に出くわすことが多い。
( 私も発達障害の疑いが濃厚だといわれたことはあるけれど、時間の知覚に関しては、夫ほど定型発達の人とのズレは大きくない。)

 例えば、独身で夫と付き合っていた時、待ち合わせで私が3時間待たされたことがある。
 去年の今頃、故障で止まってしまった車を運ぶために、牽引ロープを買いに行く時に、夫婦の間でちょっとした口論になったことがあった。

 夫の時間の概念だと、時間はあたかも夫の都合のいい時間でストップウォッチのように止めることができるように見える。

 待ち合わせに3時間遅れてきたのも、夫の時計は3時間前で止まっているので、実際には3時間の時が流れていても、彼の感覚では時間通りに待ち合わせ場所についたことになっているのである。(遅れているという感覚がないので、当然謝らない。)

 牽引ロープを買いに行く時も、お店の開いている時間で時計を止めているので、深夜や早朝でもお店は開いているはずだと考えてしまう。

 私からしてみれば、時間が止まっているのに関わらず、自分が動けるのは矛盾しているとは思わないのだろうか?お店以外の時間は動いていてお店の時間だけ止まっているのはおかしいくないか?と、疑問に感じるけれど、夫は何の矛盾も疑問も感じていない。

 時間の経過についても同じような感覚らしく、夫が自分の好きなことをしている時間は実際には数時間だったとしても、本人にはほんの数分にしか感じられないので、実際の時間も数分しか経っていないと信じて疑わない。

 どうやら夫の時間は、自分の都合(自分の感覚)で、部分的に止めたり、引き延ばしたり、縮んだりするものらしい。
ホエ?(´д` )

 私たちは3次元で生活しているので、時間を自在に動かすことはできずに、過去から未来へ一定のスピードで動くという(時計で計る時間の概念の)制約の中で生活せざるをえないのだけれど、夫にとっては、自分の感じる時間=実際の時間らしく、私たち多くが考えている(時計で計る)時間の認識とはかなりずれている。

 まあ、自分の感じる時間=実際の時間と認識していても、実生活で不都合が起こらなければ問題はない。

 まだ時計の読めない幼い年齢の子どもは、夫と同じように自分の感じる時間のみが彼らの世界に流れている時間なのだけれど、なんの不都合も起こっていないようにみえる。

 また、時計が一般的でなく各家庭に時計がなかった時代の人たちも、時計で計る時間の概念なんか知らなくて個人的に感じる大雑把な時間の感覚で生活していても困らなかったのだろう。

 ところが、現代のように秒刻みで世界が動いている社会では、それぞれが個人的に感じる時間で行動していたら、混乱が生じてしまう。

 混乱をさけるために、私たちは時計で計る時間を基準にして、個人の感じる時間とのズレを、調整しながら生活している。
 調整といっても意識的にやっているのではなくて、大人になる頃にはほぼ無意識にできるようになっているし、調整が微調整で済むように、個人の時間の感覚が時計の時間に近づくように習慣づけられている。

 ところが、夫の場合は、①人それぞれが個人の時間の感覚をもっていて、②時計で計る時間に合わせて調整しているという2つの事実を理解できていないのではないだろうか?

 多分時計で計る時間と、自分の感じる時間が違うことには気が付いているのかもしれないけれど、自分の感じる時間こそが実際の時間で、時計と合わない場合は仕方がないと思っているようで時計を無視して行動するがことある。(こうなると時計の存在意義ってあるの?って感じ。)

 おまけに、他人が自分とは違う時間の感覚を持っていることには全く気が付いていないのだろう、他人は自分と同じ時間の感覚を共有していると思いこんでいるため、タイミングを察知するのが苦手。
 例えば、不適切な時に行動を起こして、『空気の読めない奴』と思われる。
 3時間遅れても自分の中では1秒も時間が動いていないので、たとえ時計の上では3時間経過していたとしても、相手自分と同じように1秒も動いたようには感じていないと思いこんでいるなど…

 時間までもが俺様仕様なのである。
(゚Д゚)ナント!

 俺様仕様の時間で生きているため、時間の見積もりができなかったり、自分で作ったスケジュールの実行がうまくいかないなどの不都合も起こってくる。

 (時間以外のことでも、)自分の感覚(や知覚したこと)がこの世の基準ではないこともあるし、自分以外の他人は別の感覚を持っていることを何度も説明するのだが、理解できないようで、話の度に無視されるか口論になってしまうかのどちらか。

 発達障害の特徴として、心理学用語でいうところの『脱中心化※』が達成できていなかったり、中途半端だったりする事はわかってはいるけれども、夫の場合はアラフィフのおじさんになって頑固さも加わってしまって(脱中心化ができない状態が固定しているため)、もう手に負えない状態。

 マジで、
ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…
の心境。

 夫と暮らしていると、「もしかして私って定型発達なんじゃないか?」と思えて来るくらい、夫の時間の感覚(知覚)は世間一般の時間の感覚から逸脱している。

 時間の感覚について、色々考えていたら、タイムリーに『Time Warped』という、何やら面白そうな題の本を見つけて図書館から借りた。
 最初はこの記事の『続きを読む』でリビューを書く予定だったけれど、長くなったので、本の紹介は次回の記事で書きます。

 

 

 

※脱中心化

ピアジェ,J.の認知発達段階における前操作期から具体的操作期への移行段階で生じる、自己中心的な思考から脱する過程を「脱中心化」といいます。

前操作期の大きな特徴の1つに「自己中心性」があります。

自己中心性とは、自分にしか通用しない特殊な象徴化パターンにより、すべてのものを把握、表現しようとしたり、自分が得た知覚情報のみですべての状況を認知、理解、判断し、他者の視点や立場にたって考えられないという、この時期の幼児の特徴的な思考です。

心理学用語集サイコタム
http://psychoterm.jp/basic/development/09.html
より、引用。