2011年10月21日金曜日

アメリカの医療制度


 アメリカの医療制度と医療保険は、先進国の中では最低で最悪のシステムだと思う。
メディケア(老人医療)とメディエイド(低所得者医療)と軍の医療以外の医療保険の会社は民間の会社で営利目的なので、高い保険料を払っても生きるために必要な最低限の治療さえ受けられないことがある。

ブログネタ: 1つだけ魔法を使えるなら、どれがいい?参加数

 いざという時のために高額の保険を掛けて、何年も保険料を払っていても、慢性疾患や癌などで長期の治療の必要な病気にかかってしまうと、次の年からはどこの保険にも加入できなくて破産に追い込まれる人も多い。

 受診できる病院や受けられる治療も保険の契約で決まっていて、患者の必要に合わせて治療をするのではなくて、保険会社との契約の範囲内でしか治療がされないため、保険適応外の病院に受診してしまったり、保険会社が治療を拒否してしまった場合は治療が受けられず、命を落とすこともある。

 アメリカは世界でも最先端の医療技術を自慢にしているけれど、最先端の医療技術の恩恵に与れるのは一握りのお金持ちのみ。
(臓器移植などで渡米する人たちの寄付などで、目標額が数億円と言うのを見ればわかると思うのだけれど)
一般庶民は高いお金を払う割には、(日本よりも)質の良くないサービスしか受けられないのが現状。

 おまけに、医師の報酬も日本の様に点数制でなくて医師が自由に決めることができるので、同じ医師から同じ治療を受けても支払う金額が違うことがある。
(中には治療費を踏み倒す人もいるため、損失を埋めようと払えそうな人には高めの医療費を請求することが多い。)
 歯の詰め物を交換してもらうだけで1000ドル、耳鼻科で点耳薬を処方してもらうだけ(薬代は別途薬局で払う)で150ドルもかかったら、おちおち病院にもかかれない。

 そんなアメリカで暮らしていくには、健康でいることは必要不可欠。
もし、1つだけ魔法が使えるならぜひヒーリングの魔法が使えるようになりたい。 

2011年10月19日水曜日

やっと、自動二輪の免許取得(夫)


 先週の月曜日、夫がやっとバイクの技能試験に合格した。
アメリカに転勤になってすぐ、車の免許は取ったのだけれど、バイクの免許は時期が冬だったこともあって暖かくなるのを待っていたのですが、春になったら住宅購入や引越しで忙しくてなかなか試験が受けられず、筆記試験を受けたのが2010年の7月。

 筆記試験に合格するとラーンナーズ・パーミット(仮免)がもらえて、期限内(取得してから6ヶ月以内)に技能試験を受けて合格するとライセンス(本免)がもらえる仕組みなのだけれど、当時夫の持っていたバイクはホンダのゴールド・ウィング1500cc。

 車体が大きすぎて、スラロームや障害物のあるコースを操作するのが難しかったので、練習に時間がかかったことと、引越しの片付けもあったりしてバタバタしているうちに冬が来て路面が凍結して実技試験が受けられなくなり、仮免の期限が切れてしまった。 

 今年(2011年)に入って、雪が溶け始める4月にあらためて筆記試験を受けて再度仮免取得。
 暫くはゴールド・ウィングで練習していたけれど、友人から試験は小さいバイク(といっても、500cc以上)で受けた方がいいとアドバイスをもらったので、7月にカワサキのGPZ750を購入。

 少し練習してバイクに慣れたらすぐに免許が取れると思っていたのですが、実技試験の予約がいっぱいで8月の末までは試験が受けられなかった。
 9月に入ってやっと実技試験を予約した日に雨が降って試験がキャンセルになったり(路面が濡れていると試験はしないらしい)、その後日本に緊急の出張があったりで、試験を受けるのが伸び伸びになっていました。

 先週の月曜日やっと予約が取れて、試験に合格。
試験官に「(夏も終わりであまりバイクに乗れないのに)今更免許を取るの?」
と、聞かれたらしい。

2011年10月18日火曜日

シーソルト・キャラメル・フレーバー (アイスクリーム7)


 以前の記事にも書いたのだけれど、アイスクリームのフレーバーの中でお気に入りはキャラメル味です。

(←TALeNTIのシーソルト・キャラメル味)

ブログネタ: アイスクリーム、何味がいちばん好き?参加数

 キャラメル味なら何でもOKなのではなく、メーカー指定でハーゲンダッツのドルセ・デ・レチェがお気に入りでした。

 ハーゲンダッツに拘っていた私ですが、最近はスーパーでTALeNTIと言うメーカーのSea salt Caramel(シーソルト・キャラメル)と言うフレーバーのジェラードがお気に入りです。

 ハーゲンダッツの414mlのアイスが定価で3ドル50セントなのと比べると、TALeNTIは473mlで5ドルとお値段が高めでパッケージも地味なので、手が出なかったのですが、夏に半額セールになっていたのでお試しで買って食べたら美味しかったのではまってしまいました。

 テキサスのメーカーらしいのですが、ハーゲンダッツのようにコンビニなどでは扱っていないので、気軽に買えないのが残念です。

2011年10月16日日曜日

猛母散々

 私は世間一般に言われるところの「良妻賢母」タイプではない。
 そもそも性格が大雑把なので、「優しい」「細やかな」という言葉からは程遠い。
 かといって、「肝っ玉母ちゃん」程の度量もない。

 怪獣がまだ小学生で、母子留学をしていた頃の話です。
怪獣が風邪をひいてしまい、熱があったので学校を休まなくてはならなかったのですが、アメリカでは12歳以下の子どもだけで留守番をすることが法律で禁止されていて、見つかれば児童虐待で通報されてしまいます。

 母子で語学留学と言うと観光の延長と思われてお気軽なイメージですが、私たちが留学した2005年頃はビザも降りにくくなっていたし、SEVISと言うオンラインのシステムが2002年から運用されて以来、生徒の出席状況や成績などの情報が移民局や警察などと共有出来るようになっていて、私の通っていたESLでは医師の診断書などがない場合、1週間に1日以上欠席すると出席不良で学務に呼び出されました。

 出席不良が続くと学校を退学→強制帰国になってしまうため、私は自分が病気の時以外は学校を休みたくなかったので、

 当時高校生だった娘に、
私:「お母さんは学校休めないから、あんたが休んで怪獣のベビーシッターをして」
娘:「えーっ」
私:「お母さんが学校休んだら、出席不良で退学になってアメリカにいられなくなるけれど、あんたは何日休んでも(留年になる可能性はあっても)退学になることはないんだから…」

 高校生になって日本に帰っても、編入試験を受けなければ高校にいけないし、編入試験は一般入試よりも難しいため、娘にとっても日本に帰るのは避けたい事態だったので、「アメリカにいられなくなる」と、言われれば断れない状況。
 渋々、ベビーシッターをしてくれることになりました。

 娘にベビーシッターさせて自分は学校に行ったことを、近所に住んでいた母子留学の家族に話したら、
「酷い母親~」
と、家族みんなでシンクロで驚かれてしまいました。
 そこのお母さんは、子どもが病気だったら(ベビーシッターが必要ない年齢の子どもでも)自分が学校を休んで看病するタイプだったので、高校生に看病を押し付けて自分は学校へ行くなんて考えられないことだったのだと思います。

 子どもの教育のために良い環境を得ようと3回も住む場所を変えた孟子の母(孟母三遷)と比べると、子どもより親が優先の私は散々な母、「猛母散々」なのかもしれない。

2011年10月14日金曜日

ウッドデッキのペイント2 

 この間一部だけペンキを塗った裏庭のデッキを、先週末は全面ペイントしてみようということになりました。

(←今回の作業に入る前のデッキの状態)

 この前塗ったペンキの色が思ったよりも明るかったので、今回はワントーン暗い色を選びました。

  前回はデッキの一部だけペイントの予定だったので、夕方から作業を始めましたが、今回はペイントする面積が広いので午後の早い時間から作業にかかり、用意したペンキの量も3ガロン(前回は1ガロン)にしました。

(↑↓前回塗装した部分の上にワントーン暗いペイントを重ね塗りをしているところ。)

 デッキと家の壁の境はマスキングはせずに、デッキの端の部分を刷毛で塗って境目以外は一気にローラーで塗装しました。
(ちょっと、家の壁の方にもはみ出してしまった部分もあるけれど、DIYだし目立たないので良しとしよう。)

 前回塗った部分は2回目の塗装だったのでペンキののりが良く、前回よりも少ないペンキの量で塗ることができました。

(←前回塗装しなかった部分)

 その後、前回塗装しなかった部分に着手。
デッキの上に伸びて塗装の邪魔になる木の枝を夫がカット。
私と怪獣はその間、塗装できる場所を塗装。
カットと掃除が終わり次第塗装。
と、またもや泥縄式作業になりました。

 今回は午後の早い時間で、一部炎天下での作業だったため、怪獣が鼻血を出してしまい途中でリタイア。
 (性格は怪獣でも体はデリケートで非力。)
 残りは夫婦2人だけで作業を進めて塗装を終わりました。

(↓塗装を終わったデッキ)

 あちこちに塗り残しはあるけれど、(天気次第なのですが)今週末には、塗り残しの部分も含めてペイントの重ね塗りをして仕上げる予定でいます。
晴れてくれるといいな… 

2011年10月13日木曜日

紅葉


 10月になって、日中でもヒータが必要なくらい寒くなる日も増えてきました。
うちの近くの木々も紅葉がはじまっています。
 今のところ、半分くらいの木が紅葉していて、半分はまだ緑色のままと言う感じです。

 猛暑だった去年と比べると、今年は1週間くらい紅葉が始まるのが早かったように思います。

 涼しくなったので、夫と近所を散歩しました。
 我が家の住んでいる市はexurb(準郊外)と呼ばれる大都市の郊外の外側に広がる住宅地。
 住宅地の家は基本的にオープン外構のため、住宅地を歩くと街路樹や庭の紅葉が見渡せて綺麗でした。

2011年10月11日火曜日

片付け=捨てる


 整理整頓が基本的に苦手な私にとって、「捨てる」と「片付け」は同義語です。

 捨てる片付けと言っても、流行の「断捨離」や「人生がときめく片付けの魔法」のような、テクニックや秩序のある物ではなくて、単純に物が増えて部屋が散らかってくると、後先考えずにガーッと捨てたい衝動に駆られる激情型廃棄。

ブログネタ: あなたはモノを捨てられる人? 捨てられない人?参加数

 そんな私とは正反対に、夫は物を捨てられない人。
整理に困ったら捨ててしまう私から見たら、あきらかに「ゴミ箱行き」のガラクタも取っておこうとします。

 この間交換したパティオ・ドアやエントランス・ドアの古いほうのドアや家具を作ったときの残りの板切も地下室に保管してあるし、古くなった布団や毛布や服も取っておいて荷物を運ぶ時の緩衝材兼覆いにしたり、服は切って雑巾にしたりしています。
 庭の手入れで出た枝は短くしてBBQの燃料に使うし、枯れ葉や芝刈り後のゴミも一箇所に集めて堆肥にします。

 捨てられない性格の夫の救いは、整理整頓が上手なこと。
↑上の写真は(私にとっては)ガラクタ類を整理するために地下室に作った棚。
これが、「捨てられないけれど、整理整頓もできない人」だったら、家が瞬く間にゴミ屋敷化していたことでしょう。
 

2011年10月10日月曜日

歴史的建物焼失


 この間娘から、去年の年明けに娘のインテリア・デザインのクラスの宿題で撮影に行った、ゴシックスタイルの教会堂が火事で燃えてしまったと言うニュースを聞きました。

(←2010年1月)

 何でも切れて垂れ下がった電線から引火して、壁以外は全部(パイプオルガンも屋根もステンドグラスも)焼け落ちてしまったそうです。

 火事があったのは私たちが引越し(2010年6月)してすぐ後で、娘が大学の新学期に戻った時には焼け焦げたレンガの壁だけになっていたそうです。

 この間電話で、教会堂のあるところに新しいビルが建つ話を聞いて、
「あの建物を取り壊して建てるの?ヒストリカル・ビルディング(歴史的建物)に指定されていなかったっけ?」
と、聞いたら、
「あれ、話してなかったっけ?あの教会堂は火事で焼けちゃったんだよ。」
と、言われてびっくり。

 綺麗な建物だったのに…
歴史的建物が失われるのは残念。
再建しないで新しいビルディングを建てるのも残念。
多分、再建不能なくらい燃え落ちちゃったんだろうなぁ…

2011年10月8日土曜日

kids are worth it!「子どもに変化を起こす簡単な習慣」
(ペーパーバック15)


 「kids are worth it!」
バーバラ・コロロソー著。
この本には色んなバージョンがあって、左の写真の本は改訂版です。 

ブログネタ: 今読んでいる本は何?参加数

作者は修道女や特殊教育やソーシャル・ワーカーなどの経歴や学位を持っていて、この本では教職の時の経験や自分の子育てを通した経験や、宗教学的な倫理観を生かした彼女独自のユニークな子育ての方法を紹介しています。

 著者は家庭を
1.レンガ壁タイプ(秩序や支配に拘る、規則に厳しい家庭)
2.クラゲタイプ(無秩序、ネグレクト、不安定な家庭)
3.背骨タイプ(親が手本を見せて子どもを励ます、親子共々問題の解決に取り組む家庭)
の3つに分類していて、多くの家庭は3つのタイプのどれかが混ざった状態だと述べています。

(←"Kids are worth it!"の日本語訳「子どもに変化を起こす簡単な習慣」
田栗美奈子訳、PHP研究所発行)

 作者は特殊教育の学位を持っていて教師をした経験もあることから、定型発達の子どもだけでなく、発達障害を持った子どもの子育てにも応用できる提案が沢山あってとても参考になります。
 この本の日本語訳版「子どもに変化を起こす簡単な習慣」を図書館で見つけて読んで以来、私の子育てのバイブルになっていました。

 上の写真のペーパーバックはESLの時代に自由課題で読もうと思って買ったのですが、英語を習いたての私には子育てや心理学の用語のボキャブラリーが少なすぎて一向に進まず読むのを断念。
 暫く不用品と一緒に放って置かれていました。
 現在大学を休学中で、最近読んだ英語の本といったら怪獣の学校の宿題を手伝うための教科書くらいでしたが、この間ひょんなことから地下の物置から"Kids are worth it!"を発掘。
 読んでみると結構面白い。
ESLの時には違いがわからなかったのですが、改訂版にはあって(多分オリジナルがそうだからだと思うのですが)日本語訳版にはない項目がいくつかありました。

 この著者の勧めている子育ての方法は親の手本を通して子どもの人格を育てていくことを重視する子育て方で、即効性のある子育てテクニックでないためか、日本での評価(受け)はあまり高くないのが残念です。

2011年10月6日木曜日

First Flight & Golden Spike


 最近、私が書いた記事のトピックに関連があるコネタマのお題が出される偶然が続いている気がする。

 このネタも以前のコネタマの「もし時間を戻せるなら、いつに戻す」と言うお題に「歴史的瞬間に戻ってLiveでその瞬間を体験してみたい」と書いたことに関連しているし、

 6月に「面白Tシャツ」と言うタイトルで記事を書いたら、1ヵ月後くらいに、「夏の服装にまつわるオモシロネタ募集♪」の中で、「トンデモTシャツの目撃談もOK」と書かれていたし、
 「シーダーポイントでジェットコースターに乗りまくりました」と書いて暫くしたら、「ジェットコースター、乗るならどこ?」と言うジェットコースター関連のお題がでました。

 あれだけ沢山のネタがお題になっているのだから、どれかが自分の書いた記事と関連性があるのはよくあることだろうけれど、結構短期間に連続してあったので面白いと思ってしまいました。

 さて、本題ですが、私の「立ち会いたい歴史的瞬間」は比較的地味で、
ライト兄弟の初飛行の瞬間と、大陸横断鉄道が接続されたゴールデン・スパイクの瞬間。

(↑ノースカロライナ州のステートコイン上部の年号1789年はノースカロライナが州になった年で、初飛行の年ではない。
ちなみに下の年号はコインの発行された年。)

 ライト兄弟の初飛行は1903年12月17日。
ノースカロライナ州のキルデビルズヒル。
最初のフライトは120フィート(37m)で12秒間。
飛行高度は10フィート(3m)。
最初の飛行に立ち会ったのはたったの5人。
(Adam Etheridge, John T.Daniels, Will Dough, W.C. Brinkley, John Moore)
上の写真のコインのデザインの元になった写真は、ジョン・T・ダニエルズ撮影。

(←ユタ州のステートコイン
ノースカロライナのコインと同じく、上部の年号はユタが州になった年で、大陸横断鉄道の接続の年ではない。)

 大陸横断鉄道のゴールデン・スパイクは1869年5月10日。
ユタ州プロモントリー・サミット。
 西からセントラル・パシフィックが東からユニオン・パシフックが工事を進めてユタ州で接続。
 セントラルパシフィックのジュピター機関車とユニオン・パシフィックのNo.119機関車がお互いの軌道の端に向かい合わせに並べられて、最後の犬釘が打ち込まれました。
 ライト兄弟の実験とは違って、こちらは式典だったので500人から3000人が立ち会ったようです。
 大陸横断鉄道が完成したことによって、大西洋岸から太平洋岸までの旅行の期間が6ヶ月以上から1週間に短縮されました。

デイリーポータルZ

 

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2011年10月4日火曜日

GPS(カーナビ)


 この間の「左足(指)負傷事件」の時に買ってくれる約束だったGPS(カーナビ)が遂に届きました。

 普通の電気店で売っている物は4.5~5インチが多いけれど、私は目が悪いので7インチのものが欲しかったので、通販で購入してもらいました。

 バーゲン好き・割引好きの節約家の夫がセールでもないのにGPSを買ってくれたのは、方向音痴の私に空港への送り迎えを頼みたかったから。
 「GPSさえあれば、道を覚えなくても、初めての場所でも大丈夫だろう」
と、言うわけです。

 この間、日本の出張からの帰りに
「○時に着くから、迎えにきて」
と言うので、買ったばかりのGPSを初めて使ってお迎えに行くことに…

 アメリカのGPSは日本のGPSと違ってシンプルに地図を電子化しただけのもの。
音声で案内をするけれど、渋滞情報なんて出ないし、工事の情報も出ない。

 まず家をでて2分も経たないうちに、工事中の道路に誘導されて半信半疑で暫く走った挙句、行き止まりでUターンする羽目に…

 その後、フリーウェイに折角乗ったのに、「降りろ」とうるさいのでランプを降りたら一般道に誘導。
(確かに、そのほうが走行距離は短いかもしれないけれど、制限速度や信号で何度も停車することを考えたら、距離は長くてもフリーウェイの方が走りやすいし時間も短時間でいけるのに…)

 更に、一般道から別のフリーウェイに乗るように誘導するのでそのとおりに行ったら、今度はそのフリーウェイが工事で封鎖中。
 迂回路を探そうと車を走らせていると、「フリーウェイに戻れ」としつこく指示。

 やっと迂回路を見つけたものの、片道1車線しかなくて大渋滞。
それが7マイル(11.2km)くらい続いた。
 不運なことに、「GPSがあるから」と、思って、道路地図は持っていなかったので、渋滞する迂回路を進む以外道を知らない。
 その間も、GPSは「フリーウェイに戻れ…」と、指示をしつこく繰り返すし、本当にうるさかった。

「もしかして、わざと時間のかかる道を選んでない?」
と、思うくらい時間がかかった。

 結局空港に着いたのは、迎えに行くはずの時間よりも1時間半も後だった。
でも、私の場合は目的地に着けたからまだいいのかも…
 カナダ人の観光客なんか、今年の初めにGPSを使ってドライブしてネバダで1週間行方不明になっちゃったんだから。

今回の教訓:「GPSがあっても、紙の道路地図は積んで走ろう」

2011年10月2日日曜日

Home Fries(100万回のウィンク)


 1998年の作品。
邦題は「100万回のウィンク」。

 ストーリーは、ファスト・フード店で働くサリー(ドリュー・バリモア)は、妻子ある男性とは知らずにドリアン(ルーク・ウィルソン)の母ベアトリス(キャサリーン・オハラ)の再婚相手ハリー(クリス・エリス)と交際して妊娠してしまいます。
 ハリーが結婚していることを知ったサリーは、ハリーにハリーの奥さんに真実を告げるように要求します。
 ハリーは浮気していることは告げたものの、相手や相手が妊娠していることは話さないままだったので、煮え切らない態度に愛想をつかしたサリーは別れを決意します。
 ハリーの継息子ドリアンとアーガス(ジェイク・ビジー)は継父の浮気を懲らしめるために、軍用ヘリでハリーを追い回して驚かし、ハリーを心臓発作で殺してしまいます。

 ハリーを追い回してヘリを操縦していた時に、無線が近くのファスト・フード店の無線と混信していたので、自分達の会話から継父殺害がばれていないかどうかを確かめるために、アーガスはドリアンをサリーの働いているファスト・フード店で働かせて監視させることに…

 アーガスと母ベアトリスはハリーの死後も浮気の相手を探して復讐をしようと企てている一方で、ドリアンはサリーが継父ハリーの不倫の相手とは知らず好意を持ち始めます。

 その後は、ドリアンがサリーが継父の不倫の相手であることを知り、不倫の証拠が母とアーガスに渡らないように努力したり、結局母とアーガスが相手を突き止めて騒ぎがますます大きくなっていきます。

 サリー、ドリアン、アーガス、ベアトリスと4人もメイン・キャラクターがひしめきあっていて、ストーリーも映画の最初の設定をそのまま引きずって特にクライマックスもないままゴタゴタのうちに終わってしまうため、評判がいまいちの映画らしく、日本ではビデオレンタルのみで劇場公開はされなかったようです。

 私は、このゴタゴタ感とアーガスと母ベアトリスの異常な性格が面白いと思ったし、ヘリコプターに追い詰められて機銃を向けられているのに、産気づいてラーマス法の呼吸をしているサリーのリアクションとかが面白かったんだけれど、アメリカでも評判はいまいちみたいで、DVDを扱う店でも中古のお店でも見たことがないです。