観光1日目にベーカリーに行った時、日本人のボランティアのガイドさんがいて、ベーカリー内の説明を日本語でしてもらいました。
その時に、
「今日は持ち場を離れることが出来ないけれど、明日はガイドできるので予定はどうですか?」
と、申し出てくださったので、お言葉に甘えて2日目は日本語でガイドをお願いすることになりました。
(v^ー゜)ラッキー
(↑個人の住宅と裏庭にあった貯蔵庫
家を作る時は、地下室も作って貯蔵庫にすることが多いそうです。
ところが、この家は最初は丸木小屋で地下室がなかったため、先に貯蔵庫をレンガで作って、後で家の方をレンガの家に建て替えたそうで、貯蔵庫が地上にあるのは珍しいそうです。)
ガイドをしてくださった方によると、日本から観光に来る人もいるそうですが、ガイドや説明は英語なので、建物を見て回るだけで、(上の貯蔵庫が地上にある理由などの)細かい説明や話を理解できていないのはもったいないこと。
でも、日本語の話せるガイドが少ないので、全ての日本人をガイドしてあげられないのは残念だと話しておられました。
(←上:荷車屋、蹄鉄屋、鍛冶屋の建物
中:荷馬車屋の内部
下:ミニチュアの蹄鉄を作って見せているところ)
午前中は、いくつかのお店や個人の家を見て回りました。
午前中最初のお店は、荷車屋と蹄鉄屋と鍛冶屋が一つの建物に入っている施設でした。
荷車屋では、荷車の車輪の作り方が当時の工具を使って説明されました。
蹄鉄屋と鍛冶屋では、ミニチュアの蹄鉄作りのデモンストレーションを見ました。
出来た蹄鉄は幅が3センチくらいで、お土産にもらえました。
「この蹄鉄にぴったり合う馬を連れてきたら、残りの3つも作ってあげる。保障つきだよ~」
と、冗談で言われました。
2番目に行ったお店は、薬屋と雑貨屋が一緒になっている建物でした。
(←薬屋の棚と窓)
薬屋の通りに面した窓には、青と赤の色水の入ったフラスコが飾ってあって、床屋さんの店先にある、青と赤と白のグルグルと同じ意味だそうです。
左の写真では青のボトルが上に飾られていますが、病気が流行っている時は、青と赤のボトルの位置が入れ替わって、赤のボトルが上に飾られるそうです。
流行が終わると、緑色の色水の入った瓶に変えられるので、薬屋の窓を見ると町の人たちの健康の様子がわかったそうです。
薬屋には雑貨店も併設されていて、陶器や布、日用品や食品なども売られていて、物々交換でものが売り買いされることもあったそうです。
観光2日目は、他にも集会場や個人の住宅、靴屋さん、1日目でミュージカルを観たカルチャーホールの2階と・3階等を見学して、午後7時頃に帰路へ着きました。
(←靴屋さんと当時の製法で作られた靴)
今回の観光では、(2日目に日本人のガイドさんがついてくれたこともあって)開拓者時代の生活や、「ステレオタイプ」の語源や、眠るときの挨拶「Sleep tight」はなぜそう言われるのか…など、面白い話をたくさん聞くことができました。
(全部書きたいのですが長くなるので、そのうち機会があったら、記事にするかもしれません。)
(←カルチャーホール
カルチャーホールは1階が劇場、2階はキルトが展示されていて、3回はダンスホールでした。)





































